二話 「魔法と結界」

自分の丈の倍はあろうかと感じるその大きさに、通常なら驚嘆するとことだが、現在はその大きさの人物本人の殺気が漂う視線の方にその感情がいく。そしてその大男はまるで自分たちに恨みを持っているかのように先程から何度めかわからない荒いため息をつきながらこちらをうかがっているようだ。

「で、なんだ、この状況は?」

 呆れたように嘆息する白兎。そして、そんな彼の横で小さくなってブルブル震えている様子の彼女。

「し、知らないわよ。」

「あ?なんだ?お前、俺を前にしてビビリもしねえ。こっちとしてはちっと気に食わねえとこがあるんだけどな!あ!?」

 長髪を掻き上げながら不満げに言い放つその男。

「ビビる?その汚い目線にか?」

 しかし白兎は、あえて挑発することで相手の取る行動で情報を得ようと考えた。もしここで暴力に出てくるようなら、この世界の人間の強さなどを推測できる。さらに、ここでまだ暴力に出てこなければ、この世界の人間は脅しは強いが心は温厚だと推測できる。

「ほう、汚い視線とはよく言ったもんだな。」

 しかし。その男の行動は想像を遥かに超越したものだった。

 不穏な響きと共に、男は広げた手の上部に小さな玉を生成させていく。その光景は、白兎が現実世界で日常的に目にしていたあるものと完璧に一致した。

「まさか……魔法……!」

 現実世界で小説やゲームによく触れていた白兎は、その判断スピードが平均より上をいった。さらに、動揺している白兎に向かって生成した玉のような物質を射出し始める。

 通常の人間ならここで玉に当たってお陀仏となるところだが、これまた向こう現実の世界での白兎の行動が役に立った。すばやい動きでその生成物を見事にかわした。

「ふう、あぶねえ、剣術やっててよかったぜ。」

 白兎は、日本では珍しい、剣道ならぬ剣術一家なのだ。一般的な剣道と剣術の違いは、簡単に示すなら、実践で使えるかどうか、というところである。例えば剣道よりも早いスピードでの技のこなし、身の捌き、これらを追求してきた武道の一つである。もっとも、平和な向こうの世界ではそもそもそのような術を必要とする状況すら訪れなかったのだが。

「ほう、あれをかわすとはな。次はこれだ」

 続いてその男は二度目の魔法を生成しようとしていた。そしておそらく二度目のそれは、先程の威力を上回ると予測される。

 そして、それに対し白兎は……

「とにかく退散だ。逃げるぞ」

 そう捨て台詞を残して、ブルブル震えていた彼女を抱え走り去ってゆく。もちろん剣術でつちかった素早い身のこなしを駆使して。


▲ □ ▲ □ 


「で、なんであんな奴とタイマン張んなきゃならなかったんだ?」

 少し大きめの窓、絵画が少し寂しそうに感じるほどワイドな壁、まるで漫画に出てくるお嬢様のいる部屋を連想させる。

 無事にブルブル震える彼女を抱えて逃げ切った白兎は、彼女の誘導により彼女の住んでいるという大きい屋敷の一室にいた。

「なあ、聞いてんのか、お前」

 無視された状況に少々気を悪くし、少しきつい口調で言葉を発する。

「そのお前って言うの、止めてくれる?」

「はああ、ったく、じゃあなんて呼べばいいんだ?」

 会話がなかなか進まないことに呆れを感じさせるため息をつく白兎。

「シリナスよ、シリナスって呼んで。」

「お、おう、シリナスな、了解、ちなみに俺の名前は……」

「いいわよ、あなたの名前は言わなくて。私、お前だなんて呼び方しないから。」

「なっ……」

「それより、さっきの状況の話をするんじゃなかったの」

「ああ、そうだったな、ったく」

全くコミュニケーションが成立しないのに少々苛立ちまで感じながらも、シリナスの発言を促すことにした。

 そしてシリナスは妙に陰鬱いんうつな顔つきになり、言葉を返した。

「あの場所は……本来誰も使わない場所のはずなの。」

 白兎とシリナスが、そもそもなぜ大男に絡まれていたのかというと、ただ服が汚いからとシリナスに指摘され、彼女に付いて歩いていたところ、人気のない道にでてきて、突然大男と鉢合わせになった、という流れだ。

「で、思いっきりでけえのいたじゃねえか。」

「そうなの。あの道に人がいたってことは……」

 シリナスの声が急に不穏なものになってゆく。

「もしかして、なんだ?」

「結界が切れているかもしれないの」

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