一章

一話 「セミショートの少女」

―――異世界転移。

 

 この状況を察するに、白兎はそう結論付けた。

 数秒の無言タイムが続いた後……


「何言ってるの、あなた?」


 不意に背後から声がかけられた。

「うわっっ!」

「そんなにびっくりしなくてもいいわよ。」

「っと、びっくりした……って、いきなり声かけてくるとか、そりゃビビるだろ!?普通」

 状況確認の最中に突然声をかけてきたその女性に少し動揺しているようだ。

「普通って……まあいいわ、私、中二病を見たの初めてだから、ちょっと気になっただけよ。」

終始冷たい視線でそう言い放つ謎の少女。

 年は白兎と同じく十七歳ほど、髪の色はブラウンで長さはセミショートと言った所。

あとは冷たい視線のせいで台無しとなっているが、なかなか整った顔つきで、美人である。

「中二病だあ!?なんで俺が?」

 その容姿よりも彼女が言明した厨二病というセリフが思考を埋める。

「だってあなた、異世界がどうとか言ってたじゃない」

「なっ……」

 その言葉を耳にした途端。白兎の表情が一瞬で凍りつく。当然といえば当然、異世界人が相手なら異世界と言う言葉すら知らないはずだからだ。つまり、異世界という概念がこの世界にもあるということで―――。

 この世界にも異世界という概念があるとしたら、ここは異世界ではない、ということだから。そしてそれは、ここは異世界だという白兎の結論を正面から否定していることになる。

「だったら、ここは……どこなんだ?」

 不意に口から言葉が漏れた。

「どこって、まさか……」

 その声を聞き取った彼女は、少し悩む仕草を見せる。

「あなた、新魔法は使えるの!?」

 続けて白兎に問い質す。

「新魔法……なんだそりゃ、俺は中二病じゃねえって」

 厨二病の件についてからかわれているのかと思い、白兎は少しきつい口調で返す。

 ――しかし。

「本気で聞いているの、真面目に答えて。」

 先刻とはまるで違った具合の眼差しを向けながら。

そして、その姿は何故か妙に悲しそうで……


 ――なんでこの子はこんなに悲しそうな顔をするのだろうか。新魔法にそんな重大な意味が隠されているのだろうか。

 

 ふいに頭によぎった疑問を考察する間もなく、白兎は言葉を静かに返した。

「すまん……でも、ほんとに意味が分からん。新魔法ってのも」

 正直な答えだった。現状の白兎は、本当にそれが全てなのだ。この状況も、この場所も全く分からない。


「そう、それなら良かったわ」


 ところが彼女は、不正確な答えに反発するどころか、納得し、安堵する姿勢まで見せる。 それも、妙に嬉しそうな顔で。

 数秒の間があり、白兎は、

「で、その新魔法ってなんなんだ?」

 また疑問がひとつ増えたということもあり彼女を情報源とすることにした。

 考えてみれば、何一つ情報がない世界で取るべき行動が見つからないのも当然であり、そもそもなぜこの世界に連れてこられたのかが最大の疑問となっていた。

「その話は後にしましょ。まずはその汚い格好をどうにかしないと。」

 新魔法についての疑問は解消されないままその話は終わる。

 そして白兎は汚い服、という言葉を聞いて自分の服に目をやる。が、一切汚いと思われるような着こなしではない。

 そして、この服のどこが汚いんだ、と問い質すために彼女の方へ体を向ける。その瞬間、道を行き交う人達が目に入った。その姿に白兎は少々動揺した。

 というのも、道行く人全員がまるで小説や漫画に出てくるような、紳士や貴族のような格好や、女性に至ってはドレスさえも装着している人がほとんどだったからだ。

「なるほど、こんなきれいな格好の奴らばかりだとそりゃ俺が汚い、っていう評価になるか。」

 ぼそっとその場でつぶやく。

「っていうか、ほんとに異世界じゃねえのかよ、ここ」

 そう小声をかさねる。


「やっぱり中二病なのね」

 さらにそう言葉を重ねた彼女の声が小さく響いた。

 その声を聞き、白兎はふと、この世界でも言語は共通なんだな、と心のなかでつぶやいた。

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