第3話 午後は意外とやること多い
「起きてくださいよ」
「…………」
「起きてください!」
「………………なんですか?」
「起きてくださいってば!」
「だから!起きてるってば!」
広い食堂に成瀬の声が響く。
「あらあら、起きていらっしゃいましたか」
「いや、逆になんで起きてないと思ったの?
さっきから夕食、食べてるんだけど?」
ふざけているのか?と殴りたくなる気持ちをグッとこらえる。
「あら、そうでしたか、失礼、
目が空いていないから寝ているのかと……」
ユウはクククと笑う。
「寝すぎて
スープを口に運びながら不貞腐れる成瀬。
つい寝すぎてしまい、瞼が重い……
「まぁ、仕方ないだろ……
いきなりあれほどの力を出したんだ」
入団テスト監督が少し離れた場所でご飯を食べている。
言葉は発しながらも食事からは目を離さない。
ここにはすごく縦長な机がひとつあって、ここの住人はみんな、それを囲って食事をとるようだ。
女王様と王様の席は両端に向かい合う形である。
「ユウ、それにしても広いですね」
「それはそうでしょう……、ここは城と戦士所の融合地なんですから、ところで……」
「?」
「なんでいきなり敬語なんですか?」
「いや、いきなり連れてこられて怒っていたから初めは言葉が汚かっただけです!
さっきだってバカにしてくるし……
一応、ユウは先輩という立場なんですよね?なら敬語は当たり前です、
あなたこそなぜ私に敬語なんです?」
「それは……」
ユウは勿体ぶるように顎に手を当てて考える素振りをする。
「それは、僕は元は育成係ですから……
未来に栄光のある若き戦士を育てるのが仕事、イメージは柔らかくしました
それにあなたは執事というのが好きらしいではありませんか」
ユウはニヤけながらどこからか成瀬の読んでいる執事マンガ『執事は明日に仕事を回さない』を取り出した。
「え、ちょ!なんで持ってるの!?」
「参考までに……」
「返して!」
「どうぞ」
意外とあっさり返してくれたユウだが、さっきから気になっていたタキシード姿はこれを読んだからか……
確かに執事には憧れるけど……
「ムゥ、なんか違う……」
「お風呂は別棟と城との通路左にあります」
ユウにそう言われて部屋から準備を持って向かう。
温泉に入るようなワクワク感に胸が踊る。
だが、それは一瞬にして驚愕へと変わった。
城の風呂というものの規模は温泉どころじゃなかった。
湯気のせいでもあるが、端まで見渡せないほど広い。
人がいても気づかないのではないか?
成瀬はゆっくりと第一歩を踏みしめる。
洗い場までも数え切れないほどある。
だが、それほど人がいるとは思えない。
現に風呂はガラガラ、廊下でもすれ違う人はいなかった。
時間が悪いだけか……もしくは……
だが、今は目の前の風呂に集中したい。
全身を包み込む湯気が温かく、優しい。
滑りそうなツルツルの床に気をつけて、まずは礼儀作法としてかけ湯……
それからゆっくりと体を湯に慣れさせる。
足先、足首、ふくらはぎ、太もも、腰、
お腹、胸、腕、肩……
首まで浸かるとまるで疲労が湯に溶けだしていくように体の力が自然に抜ける。
「フゥ〜、やっぱり温泉は最高だぁ」
「ふふ、そうですわね」
と、いきなり声をかけられてびっくりしてしまう。
そこには紫色の髪の色白の美少女がいた。
「あ、驚かせるつもりはなかったのですが……」
慌てて頭を下げてくる少女に成瀬もつられて頭を下げる。
「あ、いや、大丈夫です」
「よかった!」
ほんとうによかったと思っているのだろう。
湯気の向こうに明るい笑顔が見える。
「あなた、見たことがありませんが……
新人さん……ですか?」
「あ、はい、今日から入りました!」
すると彼女はぱっと明るい笑顔を見せて胸の前で手を合わせる。
「そうですか!私は少し前からここにいるリリナーと言うものです、どうかお見知りおきを」
言葉遣いからしてお嬢様なのだろうか。
「私は神坂成瀬です、よろしくお願いします」
「成瀬さんですね!よろしくお願いします」
互いに挨拶も済ませて、再度湯を堪能する。
「名前……あちらの世界からこられましたの?」
「あ、はい、そうです」
「へぇー、凄いですね!」
「いや、ユウにシュッと……
勝手に連れてこられて……」
「あら、それは災難……なんでしょうか?」
「考えようによってはラッキーなんですかね?」
「そうかも……しれませんね」
リリナーの優しい声に心まで癒される。
「あの、リリナーさんはどこから?」
「私は街の屋敷から来ましたわ、お母様、お父様は私が戦いたい、国を守りたいと言うと必死に反対されました」
リリナーは目を閉じて静かに微笑む。
「大事に思ってくださっていたのです、ですが、私の意志は誰かにおられたりなどしませんわ!最後には笑って見送ってくださいました……」
「……いいご両親ですね」
「はい、久しぶりに会いたいですね……」
リリナーは少ししんみりした顔にも見えた。
「では、私はそろそろ上がりますわね、
これから共に、頑張りましょう!」
たったあれだけの会話で容姿の柔らかさからは考えられないほど力強い意志が何度も垣間見えた。
「はい!私も頑張ります!」
さらに意志を強く持とう。
そう心に決めた成瀬だった。
「ぷふぁ!のぼせたぁ……」
「はぁ……なんでのぼせるまで浸かりますかね」
成瀬は自室でユウに扇いでもらっていた。
成瀬はのぼせすぎて湯内で
「まるで真っ赤なタコみたいでしたよ」
「……ごめんなさい」
白髪の女の子に見つけられなかったら危なかったかもしれない。
今度会ったらお礼しよう。
だが、視界が霞んで顔はよく見えなかった。
「……ちょっと涼んでくる」
「まだ地形も知らないんですからあまり遠くに行ってはいけませんよ」
「分かってます……」
成瀬は自室を出て風の当たる城内の広場まで行った。
広場には屋根はなく、星が綺麗に輝いている。
「……日本じゃ見れない景色、、、」
ベンチに腰掛け、ゆったりと見上げる。
こうしていると色々起こったことを落ち着いて整理できる。
ストーカーかと思ったらユウだったこと
異世界に連れてこられたこと
ビームを放ったこと
そして、しばらくは帰れないこと……
でも、踏ん切りはついている。
1年は長い、思い出も存在認識もない人達が自分を忘れるのに充分な時間かもしれない。
でも、どうにもならないことにとやかく言うような粘っこさは持ち合わせていない。
諦めるのではない。
今見えている世界に出来ることをするんだ。
「こっちの世界だって……しっかり星は輝いてるんだから」
成瀬は思い切って立ち上がる。
のぼせ気味だった頭もいくらかマシになってきた!
成瀬は自室に帰ろうと歩き出す。
頭のアホ毛を揺らしながら。
「おかえりなさい」
帰るとユウが成瀬のベッドで寝ていた。
「……は?」
「いやー、寝心地いいですね!」
「…………そう」
「え?なんで拳を振り上げるんですか?」
「女の子はね、デリケートなんだよ?
そんな子のベッドに男がやすやすと入り込んで許されるとでも?」
成瀬のアホ毛は赤く光り始めた。
「ちょ、こ、ここで技はまずいですって!」
「ダイジョウブ、あんたが全部喰らえば問題ない……」
その時、一層強くアホ毛が光を放つ。
その瞬間、アホ毛から無数の光の弾丸が発射される。
「死に爆ぜろおぉぉぉぉぉ!」
弾丸は見事に全て命中、かなりのダメージ、だ――――――――と思ったが、
「もぉー、僕以外にはそんなもの向けちゃダメですよ?」
ユウは無傷、それどころか光の弾丸がユウに取り込まれていく。
「え…………」
「なにを驚いているのですか?
僕の能力、
「マジかい……」
「ふふ、僕を傷つけたければ僕が吸収できないほどのパワーを出してくださいね♪」
唖然とする成瀬をよそにユウはニコニコしている。
「では、明日から頑張りましょうね、おやすみなさい」
ユウは隣の部屋に帰っていった。
予想外のユウの強さに唖然とするて共にイラつきまでもが彷彿する。
忘れようとベットに入るが昼間に寝すぎたせいか、なかなか眠れずにずっと布団の中でもそもそしていた。
結局眠れたのは太陽が顔を見せた頃だ。
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