間章ⅩⅩⅩⅠ<闇の堕児>
そこは、凄まじいほどの力の渦の只中であった。
目に見えぬ力場が荒れ狂い、生半可な呪術師では卒倒してしまうほどの光の坩堝。地を穿ち、一本の光の球体が中空にて静止していた。
まともに見れば視神経が焼き切れるほどの、恒星のような光を宿すそれは、一定の周期で明滅と直径の拡大縮小を行っている。まるで光自体が心臓の鼓動を体現しているかのように。
光には、一振りの太刀が突き立っていた。柄には鶏頭をあしらった装飾が施された、古びた一品。
将門の愛刀であった。
そして、光を背景にして佇む二つの影。
圧倒的な光量を前にして、全ての色彩が失われていたというのではない。いかなる世界においても、その二者は影となり、闇に潜み、ひっそりと生者の世界に瞳を向けている者。
両手に二挺の拳銃を携える闇、壬生九朗。
闇の眷属の源に血の源流を持つ闇、アリシア・ミラーカ。
それまで幾度となく邂逅し、拳を交えてきた両者は、この異界においても宿命の邂逅を果たした。
「もう、貴殿の目的についてはこれ以上……詮索は止めにしましょう」
アリシアは腕を組み、ため息を混じらせつつも言葉を落とした。
「ただ最後に、一つだけ言わせて頂戴」
九朗は無言でアリシアの言葉を促した。
拳銃のセーフティをそのままにしておくという行為は、何の意味もない。もし虚を突く気になれば、闇の眷属は動体視力を数倍したとしても視認できぬほどの速度と膂力を発揮することが出来るのだから。
「あなたがいくら望んでも、いくら求めても……所詮、闇を人は受け入れない」
ぎり、と九朗が銃を握るグリップが軋みを上げる。
アリシアの言葉に反応した九朗の握力にも耐え得る性能を施した銃が、軋むとは。
「それは貴殿も同じ……そして、愛娘もね?」
九朗が一歩を踏み出そうとした時であった。
空間に歪みが生じ、紙で出来た鳥が舞い降り、続いて長衣の裾がふわりと膨らむ。
エフィリム・アルファロッドが写本の式を追ってこの地に転移を果たしたのだ。まるで敷居を跨ぐかのような所作で空間の揺らぎから降り立ったエフィリムは、二人の間を満たす緊張に気づき、顔から笑みを消す。
「役者は揃ったわね」
アリシアはエフィリムを一瞥すると、光の球に視線を向ける。
新鮮な血の色をした、不気味な瞳孔が大きく絞られる。
光は写本、<息衝く城>。かつて妙見菩薩の名を騙り、大将将門の命運を左右した魔力に対し、怨霊となった将門が抗いを見せているのだ。
光が散るか、鶏頭の太刀が折れ砕けるか。
二つに一つの、時を越えた戦い。
「二対一か」
九朗は唇を吊り上げ、その下に隠された鋭利な犬歯を露にした。
「同族殺しは性に合わんが……濁った古い血族を一掃するためには仕方がない」
空の一点に掌をあて、ぐっと圧をかける。見る間に生じる揺らぎの向こうに、蔦の絡まる廃墟の幻像が浮かび上がる。
「来い。本当の吸血鬼というものの戦いを、教えてやろう」
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