間章ⅩⅩⅨ<神器邂逅>

 京都御所、秘奥御殿。




 そこは、まだ九月とはいえ寒々とした雰囲気の板張りの大堂。


 いかなる外界との接触をも持ち得ぬその空間は、神祇調の霊気によって完璧な遮断が施されていた。


 玉串と幣帛による結界に重ね、伊勢鳥居を四方で囲むという、稀に見る霊的空間を模していた。


 部屋の最奥には、榊の神木による祭壇が三つ、設えてあった。それぞれは神饌で満たされており、さらには一際大きい壇上には、それぞれ桐の箱が置かれていた。


 しかし中央の祭壇だけは異なっていた。


 箱が置かれる場所には、代わりに巨大な剱が横たえられていた。清浄な純白の絹によって覆いがされているが、それから放たれる神気は凄まじい濃度を持っていた。今、こうしている間にも部屋の内部には神気が充満し、たとえ高位の妖といえど入り込むことは出来ぬ聖域と化していた。


 その中央に、一人の男がいた。


 年齢のほどは分からぬ。顔も見えぬほどに目深に絹を巻いた装束故に、口元と指先程度しか見ることは出来ぬ。


 だが、肌の張りはまだ若い。


 紫の衣と黄金の絹を幾重にも纏うその姿は、大堂の中央にて静かに座してるのみであった。






 果たして、そのままどれだけの時間が経た時であろうか。


 明かりなど何処にも存在せぬにもかかわらず、大堂の中が一際明るく照らされた。


 顔を伏せたまま、じっと瞑想状態にあった男が動いた。三つの祭壇の方角から発せられる光が、顔に色濃い陰影を刻む。


「熱田神宮と伊勢神宮より、神器を寄せ集わせるとはの……何を考えておる?」


 光の中から、初老の男の声が響く。それにはすぐに答えず、男は頭を垂れた後、はじめて声を発した。


「東の天皇が、命を落としました」


「それ故か」


 男は一度頷いて言葉を切り、再び唇を開く。


「武蔵野の地が大きくたわみ、歪んでおります。いずれその歪みは秋津島全てを覆い尽くすかと」


「ほう、ほう」


「これより、伊勢神宮と和歌浦東照宮において霊性装填のための祈祷を開始します」


 男は光に向かい一礼する。


「して、我を向かえた目的は?」


 光から、翁が問う。


「宮中秘伝書にあるとおり、神器を一堂に会さしめるは天地開闢にも匹敵する神事……ならばと、お伺いを立てたく」


「律儀な者よのぅ」


 ず、と光の中から襤褸のような布の端が覗く。


「しかしの、残念ながら我等のうち、ここにおるのは我一人……残りの二人はおらぬのよ」


 翁の言葉に、男は心底驚いたというように口をぽかんとさせた。


「なんと……では、天叢雲剱と八尺瓊勾玉の守護者は……?」


 ぼぅ、と光の中に一つの文様が浮かんだ。


 縦に長い菱形の各辺に沿うように、最長辺を平行に位置させた四つの三角形の文様。その文様は幻のように、浮かび上がったかと思った瞬間には、次第に消え去ろうとしていった。


「我等守護者が導く、剱による武力、鏡による神力、宝玉による呪力はこの世界のみにあらず……数多の世界において生じる戦乱は、熾烈を極めておると言う事よ」





 驚くべき事実を知らされた男は、しかし必要以上に驚愕に呆けることはなかった。


「ご伝授、感謝いたします、守護者よ」


 男が頭を垂れたとき、光はふと失われた。


 祭壇より、声の主は姿を消していた。


 男は立ち上がると、三つの祭壇を一瞥し、そして瞳を閉じた。


 一刻を問う事態に、男は強引に意識を覚醒させ、そして背を向けた。

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