第二十九章第一節<玄武壊滅>

 コートをはためかせつつ、九朗が疾走と同時に銃弾を六連射する。


 空間の動かぬ一点に結び付けられてでもいるかのように、アリシアと九朗とは一定の直径を成す円形の軌道において、移動を開始。


 銃弾生成によるもの以外は、何の霊的処置をも施していない弾丸は全て着弾する前にアリシアの持つ短刀に弾かれる。


 数メートルの間合いで弾丸軌道を事前に察知する動体視力は、最早人の領域ではない。無論、九朗もまたその銃撃が功を奏するとは思ってはおらぬ。


 銃弾を弾くことは、一瞬であれ注意がそちらに向かうもの。


 アリシアが銃弾を弾かんと手首を閃かせた瞬間、―現実には六連射の射撃が終了すると同時、なのだが―九朗は慣性の一切を相殺して一直線にアリシアに向かう。


 九朗の銃はこの時代のものとは大きく異なっていた。


 彼の銃はDESERT EAGLE 50A.E. S.T.E.V.E.-CUSTOMにさらに呪的加工を施した品。性能としては百数十年分の進歩を遂げていることにより、この時代の銃を凌駕するに至ってはいるが、それはあくまで人同士の戦いによる感覚である。


 マガジン内に精神力による銃弾の生成をこなし、九朗は至近距離からの掃射を準備。


「Wake up, QUICK-S.I.L.V.E.R.!!」


 対霊的賦活能力者戦の効果を持つ神聖銀によるコートバレットを打ち込まんと狙いを定める。


 だがアリシアは右手に短刀を握ったまま、左手を音速を超える速度と膂力によって振りぬいた。


 肩口に叩き込まれる衝撃は、アリシアの投じたもう一つの短刀。それ自体が銃弾並の速度で九朗の躰に直撃し、銃を構えたままの右腕がもぎ落とされる。


 現時点での銃撃の失敗を悟った九朗は、さらに一歩を踏み出す。その足を支点とし、躰を大きく回転させてアリシアの背後に回りこむ。


 残る左手には予備の銃であるBROWNING HIGH POWERが装填済みで収まっていた。恐るべき速度でこなされた一連の動きは、まだ切り落とされたはずの右腕が『滞空』している間にこなされたものだ。


 神経接続を遠隔操作にて支配し、滞空したままの九朗の右指が引き金を引く。


 貫通した弾丸の直撃を避けるため、やや軸をずらした前後挟撃により、アリシアの死角を支配。


「Finish up with THIS!!」


 切断された腕は、確かに引き金を引いた。


 しかし遠隔操作による緻密な精度が失われていたことが、九朗の唯一の弱点となった。


 神聖銀付加弾丸はアリシアの肩を貫き、九朗本体の銃撃は頚椎から喉を破壊。しかし致命傷となるべき傷では、どちらもない。


 ずるりと肉が溶け崩れ、顎だけの巨大な闇の獣となる九朗の右腕を手刀の一閃で迎え撃つと、アリシアはしゅうしゅうと喉から煙を上げながら間合いを取り、再び対峙する。





 互いの銃口が、互いを威圧する。


 腕と喉との再生を、行いつつ。


 その時間がどれほど長く続くかと思えた、そのとき。


 二人を奇妙な波長が包み込んだ。


 今まで、一度として感じたことのない波長。ひどく弱々しいが、致命的なもの。一呼吸の中で消え行くように薄れ、そして感覚の上の記憶にしか残らぬ、微細なもの。


 大きく息を吸い、アリシアがそっと呟いた。


「……死んだのね、日本の天皇が」


「死んだ?殺したの間違いだろう」


 九朗の修正に、アリシアは苦笑をもって応える。


「四神結界の喪失、天皇の死、将門の復活」


 そのどれもが、日本を霊的壊滅に追い込むには十分すぎる事象。そしてその全てを、この女はやってのけたのだ。


「日本は失われ、霊力は暴走する……そう、それはあたかも主をなくした狂った駿馬」


 アリシアは銃口を外し、手首を反らせた。


「一度消去された記憶を支配するのは新たな支配者……よねぇ?」


 九朗が制止するよりも早く、闇に光った短刀は手首の血管を切断していた。


 ごぼりと溢れ、弾け、ぼたぼたと流れる黒き呪われた血。裂傷ごとき傷、一秒とかからぬうちに再生可能な夜の眷属であるにもかかわらず、傷が塞がらぬのは、アリシアがそう「意図」しているからに他ならぬ。


 九朗は、自分のつま先のすぐ下を、恐るべき速度で流れていくアリシアの血を感じていた。


 迎撃するにはそれは早く、そして多すぎた。


 血流は無数の触手となり、九朗を過ぎて羽黒神社の本殿へと達する。


 あれを止めることは出来ない。九朗は突きつけた銃をさらに威嚇するようにアリシアの額に押し当て、引き金に指をかける。


「止めろ」


「今更、何を言うの」


 血の触手は、いまにも本殿を破壊せんと鎌首をもたげている。そこで一度静止させながら、アリシアは九朗の瞳を見返した。


「もう、日本の霊的暴走は止まらないのよ……この結界一つ護ったところで、どうにもならないわ」


 その光景は、まるで闇の蛇が日本の最後の牙城を狙っているかのようであった。記紀神話に記されている、太古の邪龍、八俣遠呂智を彷彿とさせる姿ですらあった。


 九朗はそれには答えず、さらに銃口を押し付ける。





 均衡を破ったのは、アリシアの漏らす笑み声であった。


「あなたたちは負けたの。この国を護ることはできなかったのよ」


 日本を護る霊的加護の全ては失われた。


 中枢が破壊されれば、その余波は加速度的に膨張し、いずれは日本全土を覆う。それは一つの国を多い尽くすほどに巨大な、闇の結界となるのだ。


「諦めなさい」




 九朗はぐん、と躰が引かれるのを感じた。


 無論、何者かが引いたのではない。


 自分と同じ力同士が引き合っている。


 帝都の魔界という瘴気が、ここまで到達しているというのか。


「崩れかけた壁一枚で砦は築けない……もっと賢い選択というものが、あるんじゃないかしら?」


 ぎりりと奥歯を軋らせ、九朗はありったけの魔力を眼からアリシアに放つ。アリシアの有する魔力とそれとが触れ合い、二人の躰を妖しく紫の霧が包むように光った。


「この代償は、高くつくと思え」


 痣が出来るほどに強く圧していた銃がアリシアから離れる。


 コートが翻ると同時に、既に境内から九朗の姿は消えてしまっていた。


 一人残されたアリシアは、闇色の触手に破壊を命ずる。





 こうして、最後の四神結界となる、富士霊脈を通じて流れていた北の玄武は、破壊された。

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