第二十三章第一節<導かれ、生まれしもの>

 皇城、大手門から内側に伸びる道の両側でぱちぱちと爆ぜる炎の光に顔を照らされながら、圭太郎は門中に張られた符をじっと見ていた。


 三列の太い横棒のうち、一番上のものだけが二つに分かれており、中段下段の棒は一つのままだ。曼華経占術の中では兌宮を表し、象徴される方角は西。


 門の前には白木の壇が組まれ、供物と共に一振りの小刀と、白い反物が畳まれて乗せられている。


 白と金属は、どちらも墨曜道では五行のうち、西に象徴されるものとなるからだ。


 しかし大手門が位置しているのは東。


 北斗が明璽天皇の生年月日から凶方を判断した結果、北東と南西、そして南と出た。


 都市部の中央に位置しているというこの象徴的構造が、このような場合には仇にしかならぬ。


 何故なら、皇城の周囲には攻撃を阻むだけの遮蔽物となるようなものは何一つとしてなく、理論上は全ての方角からの攻撃が可能であるからだ。


 しかし、それは相手にとっても同じこと。


 立場を逆転して考えれば、一方向辺りに相当させる人員を分散させなければ、包囲攻撃の利点は失われてしまう。潤沢な人員を抱えてさえいなければ、分散することで攻撃する側も各個撃破の標的となる。


 どう出るか。どう攻めるか。


 直接的な攻撃が始まってこそいないが、既にそうした心理的な攻防戦は開始しているといっても良かった。


「兌宮、かぁ……あんちゃん、全部方位ずらす気かよ……」


 誰にとも無く呟いた圭太郎。


「そうらしいな」


 その言葉に応える声に、びくりと肩を震わせる。


 後ろには、沙嶺と宝慈が並んで立っていた。


 そこにいたのが方慈だけであれば、圭太郎も普通に応対が出来たのかもしれない。しかし沙嶺の姿を見て、圭太郎は複雑な表情に顔を曇らせ、そっぽを向いた。不動尊での一件と繋がって、天沼八幡での戦いに負けた要因が自分であるかのように考えられたからだ。


「そんなよ、俺なんかと話してる暇、あんのかよ」


 虚勢を張る圭太郎に、沙嶺はぽんと肩に手を置いた。


「躰の調子はどうだ?」


 圭太郎はそれには答えず、ただじっと前を向いている。


 沙嶺もまた、それ以上は言葉を紡ごうとはせぬ。圭太郎は無愛想な様子を気取りつつも、沙嶺の手を払いのけようとはしなかった。


 置かれている肩に、じわりと沙嶺の温もりが伝わってくる。


 暖かく、そして力強い手。燃え盛る堂内で自分を背負い上げてくれたときと、同じ感触。


 当たり前といえば当たり前のこと。だがそれが、圭太郎には嬉しくもあり、悔しくもあった。


「頼りにしてるからな」


「……うん」


 今度は、圭太郎は小さな声で頷いた。


「なあ……宝慈のあんちゃん」


「なんだあ?」


 くるっと振り向くと、圭太郎は両手を組んで頭の後ろに当てながら、二人の前を行ったり来たりと歩き始める。


「これから攻めてくる、あいつらの目的って……なんだと思う?」


 改めて、根本的なことを聞かれ、二人ともに咄嗟の返答に詰まる。


 しかし考えてみると、目的らしい目的が思い当らぬ。


 もし徹底的に日本を霊的に破壊することが目的だとすれば、符合しない点が出てくることになる。すなわち、これまで外国が日本に対して行って来た交流の一切が無駄になるということになるのだ。


 今回の西洋術師らの動向が、諸外国の中枢とは何等無関係ということは考えにくい。


 事実、日本においても国の中枢にはそれなりの霊的技術が存在しているのだ。


 とすれば、みすみす破壊され、混沌と化す極東の国に対して、そうした貿易を行うことは無駄としか言いようが無い。そして同じ世界の中で、そうした局地的に極端なまでに負の方向性を持つ場所を人為的に造ることがどれほど危険なことか、如何に魔術系統が異なる場所だとはいえ、知らぬわけでもあるまい。


 であるならば、帝都をここまで集中的に霊的破壊に導く理由は何か。


「四方の結界を破壊することは、必ずあいつらの目的に関係してる……だけど、それから生まれるものは、破滅だけだよね?」


「どこかに盲点があるはずだ」


 沙嶺はぐっと天を仰ぐ。


「あれだけの魔力を持つ魔術師が、目的も無くただ破壊を続けるなんて愚かなことはしない……東享を破壊することで、何かが……」


「そういえば」


 圭太郎が何かを思い出したように、顔を上げた。


「さっき、壇を作ってた北斗のあんちゃんの方が、俺よりずっと思いつめた顔してたぜ? 俺にかまってんなら、あんちゃんのとこに話しついでに行ってみたらどうよ?」


「……だな」


 沙嶺は微笑を浮かべ、圭太郎に手を差し伸べる。その指先は、圭太郎の柔らかな頭髪に触れた。


「なんか分かったら、俺にも教えてくれよ?」


「おうよお」


 宝慈はにかりと笑うと、沙嶺の背に手を当てて導くように歩き出す。


「大人の癖に、しゃきっとしやがれって言っといてくれ!」


 


 圭太郎の見守る中、沙嶺と宝慈は大手門をあとにした。


 


 二人と擦れ違う警備官の時計は九月十八日、午後六時二十二分を指していた。

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