第十四章第二節<帝都霊封陣>
黄金の彫刻が随所に散りばめられた巨大なテーブルを囲む者たちがあった。
国籍、年齢等を一切感じさせぬ魔術師、エフィリム・アルファロッドを中心に、水と炎のエノク魔術師、ルスティアラとユリシーズ。そして彼らよりも数歩テーブルに寄ったところに、道士の服装を纏った美輪誠十朗が屹立していた。
並ぶ窓の向こうでは、激しく雨粒が窓ガラスを打ち鳴らしている。
その雰囲気をさらにでも高めようと言うのか、それとも精神の集中の助けにしようというのか。室内には、テーブルの四方に据えられた、背の低い燭台が並んでいるだけである。その炎が、室内の空気の揺らぎに敏感に反応して揺れ、四人の陰影を複雑な角度で壁面へと映し出す。
「結論から聞きましょう」
背後からエフィリムに促され、誠十朗は恭しく一礼した。
「では、手短に申し上げますと……あの赤子に宿る霊力は、日々刻々と変化しつづけております」
テーブルの上には、中央に皇城を配した巨大な帝都の地図が広げられていた。
無数に並ぶ漢字表記は、無論この場にいるものは読めようはずもない。
しかし、綴られた文字が読めずとも、彼らには何の支障もない。誠十朗が彼らの眼差しとなり、次なる霊破壊の寺社を指定していくからであった。
「まず、あの赤子が発見された場所と申しますのがここ……台東の鳥越神社」
誠十朗の手首が一閃し、指定箇所に薄刃の短刀が突き立てられる。
「祭神、地脈、霊力、ともに破壊に値する場所ではございませぬ。恐らくは、力の弱い下級神族を祀る、極小規模の祭祀場でしょう」
語りつつ、誠十朗が次に取り出したのは一つの小さな袋であった。均一の膨らみをもって、誠十朗の指の間から下げられているその中身は、一体何か。
「しかし不思議なことに、あの赤子の持つ霊力とこの場所の霊力は、微弱ながら一致しておりました。故に、私はその霊力の流れを辿り、地相を読みましたところ、一つの結論へと達したのでございます」
ぼ、と燭台の炎が鳴った。
それは、誠十朗の言葉の先に待ち受ける事実を待ちかねる術師らの緊張を表しているようでもあり、また外に乱れ降る雨の暴圧を体現しているようでもあった。
「私の口から結論を申し上げるよりは……皆様の目で、ご覧になるほうがよろしいでしょうな」
小さく頷くと、誠十朗は袋の口を縛る紐を解き、中身を地図の上に撒いた。
それは、乾燥した土であった。ぼろぼろと零れ、また黄土色の霧となって宙空に舞った土は地図を汚し、放射状に拡散される。
「それは何だ」
背後から声がしたのは、ユリシーズのものであった。
「鳥越神社から持って参りました土」
土壌に霊力が宿ると言う感覚は、西洋にも存在する。事実、西洋に於いて高等魔族とされる夜魔、吸血鬼の類は、その霊力の源を
押し殺した沈黙は、数秒後に耳に届いた乾いた音によって破られた。
はっとなるルスティアラ。喜悦の笑みに思わず唇を歪める、エフィリム。
それは、地図の紙の上を、撒き散らされた土がひとりでに動くことによってたてられた音であった。
ぱん、と手を打ち合わせると、誠十朗は静かに瞳を閉じる。
「では、とくとご覧あれ……帝都東享に隠された、霊力の陣を」
土は、それぞれ別途の方角を目指し、まるで蛞蝓のように這いまわった。そこには、何かに導かれ、操られている動きを感じさせるものがあった。
鳥越神社に収束する土もあったが、多くは他の地点を目指し、動く。結果が出るまで、然程時間はかからなかった。鳥越神社を含め、乾いた土の小山が生成された地点は、計七つ。
「これらの地点をご説明申し上げましょう。日本橋の兜塚、外神田の神田明神、津久戸の津久戸明神、下戸塚村の三島神社、西大久保村の鬼王神社、柏木村の鎧明神社」
次々と読み上げられる地名、社名は、そのほとんどが他の術師には無縁のものばかりであった。しかし、最後に誠十朗が口にした名は、ルスティアラのみならず全員を震撼させることになる。
「そして、大手町の首塚」
「将門!?」
悲鳴にも似た声を漏らしたのは、やはりルスティアラであった。あの時、魔術師の腕を切り落とした赤子の上に凝った霊気の中に見た気配は、やはり見間違いなどではなかったのだ。
「これら全ての社寺には、太古の将軍にして武蔵野最凶の怨霊、平将門の霊気を意図的に分断し、封じている共通点が見られます」
「では」
さすがにユリシーズにも動揺は隠せぬ。
「恐らくあの赤子に宿る霊気とは、すなわち将門の分霊。それも鳥越神社に封じられていたものが、捨子を介することで再びこの世へと戻りつつある」
凄まじい怨霊の力は、ルスティアラのエノク魔術をいとも容易に退けた事からも窺い知ることが出来る。
それも、術を交えたのはこうして分割されたもののうちの一つ。恐らく、帝都を無差別に破壊していれば、もしかしたらこうした剣呑は怨霊邪霊を知らずのうちに解放させていたかも知れぬ。
屍術に長けた者が入れば話は別だが、邪霊というものは無差別にその力を振るうことが多いのだ。帝都を霊的に不安定に陥れようとしても、その一方で自分たちが命を落としては、どうにもならぬ。
「それだけではないわね、誠十朗」
驚愕がまだ覚めやらぬうちに、エフィリムは静かに命ずる。
「まだ伝えていないことが、あるのではなくて?」
「では、この寺社の配置をご覧下さいませ」
誠十朗の言葉に促され、三人はそっとテーブルに歩み寄る。
「鳥越神社を貧狼星に見立てれば、その他の寺社はそれぞれ巨門、禄存、文曲、廉貞、武曲、破軍と申せましょう」
一つずつ、誠十朗は手にもつ短い杖の先で場所を示し、なぞる。
「この寺社の並びは墨曜道における
土の小山は、帝都の地図の中央に、なんと巨大な北斗七星を描き出していた。
北斗とは、山王一実神道と呼ばれる一派の天文神である。それは将門のもとを去り、結果彼を敗北させた神、妙見と同一視されることが多いとされている。つまり、将門は死後霊を分割され、そして自らを裏切った神を象徴する配陣の内部において、永劫の封印を施されていたのである。
「北斗の配置魔法陣を、どう使うのだ」
「浅草寺、寛永寺の破壊による目立った混乱は、今のところは生じておりませぬ。次なる四神破壊ののち、それでも帝都の結界が揺るがぬというのであれば……この北斗七星の配陣を破壊するのがよろしかろう」
「馬鹿な!!」
怒号を震わせたのはユリシーズであった。
「貴様、この怨霊とやらが極めて危険な存在であると、言ったばかりではないかッ」
「然様」
「ならばどうして」
ユリシーズは、誠十朗の横顔を見た途端に、言葉を失った。何故なら、そこには陰の氣を濃く宿す、邪悪な笑いが浮かび上がっていたからである。
「我等の勝機は、そのようなことでは変わりはせん」
ゆっくりと唇の端を釣り上げ、誠十朗は誰にともなくそう呟いた。
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