間章Ⅷ<英霊>
天台宗大本山、寛永寺の霊的破壊。
ユリシーズ・ベネディクトにより行われたそれは、占札幻視能力者アレクセイ・ファイアクレストの浅草寺破壊と並んで、帝都東享に決定的な打撃をもらたすものとなった。
下谷区、浅草区における霊域の破壊は北斗の仮説どおりに皇城を巡る濠の水に篭められた霊気を遮断し、また東方からの水を媒介とした霊的加護は皇居のみならず、東享全域を吉祥地とする四神相応の中での青龍の消滅を意味する。
残る聖獣守護は、玄武、白虎、朱雀。だがそれらは巧みに現在の東享の都市市街に隠されており、一筋縄では解読することすら叶わぬ。
既に、両寺社が
しかし、まだそれらは決定打ではない。東享に対する霊的攻撃は、まだ始まったばかりだと言えよう。
床に描かれた奇妙な図形の中央に、紫色の長衣を纏った女が立っていた。
大きな円形の中央にはダイヤモンド型の図形が一つと、それを囲むように四つの六芒星。そして円外には五芒星がさらに四つ。それらにはびっしりとアルファベット筆記体による記述が見られ、それらが西洋の呪術に使用される魔法円であることが分かる。
立っているのは、顔だけでは男とも見紛うばかりに髪を短く刈った女だった。胸元には、調子をしたから押し上げる双丘が見られ、またその薄い唇には血を塗ったかと思われる程の紅が差してある。
彼女こそが、海軍司令ペリー提督来日の際、護国防衛、怨敵調伏のために祈祷陣を組んでいた曼華経僧全員を、霊体でありながら類稀な呪詛力で殲滅した恐るべき術師、エフィリム・アルファロッドであった。
エフィリムの前の祭壇には、円形の金属板が置かれていた。一切の光を吸収し、さらに表面は光を反射することがないように艶消しのコーティングを施された品だ。漆黒の金属板を囲むように三角の図形が台には刻まれており、ANAPHAXETON、PRIMEUMATON、TETRAGRAMMATONという英文字が見える。
「汝、我に耳傾けよ。我こそはパブロ・オノフリスの天使、こは汝が真の名、イスラエルの預言者たちに伝えられしものなれば……!」
手も触れていないにもかかわらず、エフィリムの視界の中で漆黒の円盤が、一度がたりと動いた。エフィリムの視界の中、その円盤の闇の中に物陰がずるりと動いた。
「お呼びか、麗しき我が主」
何処からとも無く聞こえてくるその声に、エフィリムは答えることは無い。
鏡の中には、やがて初老の紳士が映し出されていた。白くなりかけた眉の下の瞳は、齢を刻みつつもなお強い意志を感じさせる。
「数多の扉持つ時の回廊は、どちらを向いても皆同じ……百六十の齢ならば人が老い、生まれ、また老いる時間ぞ」
「だからどうしたと言うの」
エフィリムは冷たい口調で言葉を遮ると、懐から一枚の紙片を取り出し、それを円盤へと突きつけた。
「汝、ソロモンの英霊
「写本を見出して何とする? 魂の片割は、既に一度、死に瀕していると言うに?」
「差し出た口を利く者ではないわ、落ちぶれた力天使風情が」
エフィリムは円盤に向けて手を差し伸べると、それはもう一度がたりと動く。そして、今度は円盤から白い煙のようなものが、幾筋も流れ出すようにして出現した。
よく見れば、その一つ一つは小さいながらも人の形をしているようであった。手には身の丈以上もある長槍を携え、甲冑を纏ったその奇妙な霊は、くるくると円盤の周囲を旋回している。
「召喚術者に抗うというの? ならばお前の使い魔を全員剥ぎ取って、まずはそいつらにお前を攻撃させると言うのはどうかしら?」
エフィリムのすぐ近くまで、奇妙な霊の一つが飛行して来たときであった。瞬間、凄まじい光量を持つ雷撃が弾け、その霊は断末魔を上げる隙すらなく消失する。
「よかろう……その命、しかと承った」
「最初から素直に聞いていれば、可愛い霊群が消されることもないと言うのに」
くすりと含み笑いをし、エフィリムは円盤の中から紳士の幻像を消去した。
床に描かれた魔法陣は、いつしか痕跡すら残さずに消失していた。
エフィリムは既にただの円盤と貸したそれを祭壇から取り上げると、そこには最早映るはずの無い紳士を思い浮かべ、冷ややかな笑みを浮かべた。
「あなたの仇はここで打ってやるわ……充分に休息を取ったら、また戻っていらっしゃい、エルクス?」
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