新編 L.E.G.I.O.N. Lord of Enlightenment and Ghastly Integration with Overwhelming Nightmare Episode8
第八章第三節<Cloudy Evening Blues>
第八章第三節<Cloudy Evening Blues>
数時間ぶりに大地を踏みしめたラーシェンは、難民たちから離れたところで静かにその光景を眺めていた。
船から下りた人々は、皆一様に薄汚れた服と憔悴した表情をしながらも、ようやく手に入れた自由に咽び、抱擁しあい、そして歓喜の叫びを上げていた。
この辺境惑星に着陸したての頃は、<
喜び合う彼等の元へヴェイリーズが近寄っていくと、人々はまるで英雄の凱旋であるかのように口々に讃美した。重税と労苦と圧政から、自分たちを救い出してくれた、貧民窟の英雄に。ヴェイリーズは彼等一人一人と握手を交わし、二日分の携帯食糧と地図を渡していたが、ひとしきり全員を回り終えると、にこやかな笑顔のまま、ラーシェンの元へとやってきた。
「お疲れさま。さっきは助かったよ」
「俺だけじゃない。フィオラって女にも助けてもらった」
「まあ、いいじゃないか」
ラーシェンの言葉を、自分の戦いに邪魔が入った、と捉えたのか、ヴェイリーズはラーシェンの肩を軽く叩く。
「あのときは、一刻を争う事態だったんだからさ」
「そうじゃない」
不機嫌そうに、ラーシェンはヴェイリーズの手を払う。
「これが、お前たちのやっていることか?」
遠巻きに難民たちを見やり、ラーシェンが静かに問う。返答に困り、またラーシェンの真意を掴みかね、苦笑しながらヴェイリーズが聞き返す。
「どういう意味だい?」
「俺は、命を救ってもらった礼に、今回の護衛を請け負うという約束だから来て見たが、これがお前たちのいう地下組織の活動か」
ラーシェンは鋭い視線を難民たちに向けたまま、嘆息交じりの言葉を口にする。
「……そうだけど?」
「なら、俺はこれ以上、付き合うつもりは無い」
躰を起こし、ヴェイリーズの傍らを通り過ぎて船へと向かう。
そのとき、船の搭乗口から鞄を肩に担いだメイフィルが小走りに出てくるところだった。
「あ、ラーシェン、お待たせ」
「もう行くぞ」
背後のヴェイリーズが飛びとめる声が聞こえたが、敢えてラーシェンはそれを無視した。いつにない、剣呑な空気を感じ取ったメイフィルがどうすべきか迷い、おろおろしているところへ。
「待てよ」
ぐいとヴェイリーズがラーシェンの肩を掴む。
「離せ」
「これの何処が行けない」
肩を掴まれたまま、深いため息をつくとラーシェンはくるりと向き直った。
「では聞いてやろう。お前はこの活動を何のためにしている」
「彼等のためさ」
ヴェイリーズは真剱な眼差しで、離れた場所にいる難民たちを指差した。
「彼等は自分たちだけの力ではどうすることもできない、だから僕たちの力こそが必要なんだ、そうだろ?」
「どうかな」
唇を歪め、ラーシェンは意地の悪い質問をする。
「本当はお前じゃなくてもいいんじゃないか? 自分たちを助けてくれる相手になら、奴等は誰であろうと尻尾を振るだろうに」
「お前……!?」
怒りのあまり拳を固めるヴェイリーズ。だが怒りに我を忘れ、殴りかかってこないだけ、まだ自分の
メイフィルもまた、あまりのラーシェンの変わりように目を丸くしている。こんなにも他人に突っかかる物言いをするラーシェンを見るのははじめてだった。
「お前のやっていることは、ただの自己満足だ。何も生み出さない、何も変えることが出来ない、子どものお遊びと同じだな」
「そんなことはない!」
色めき立ったヴェイリーズは、よく響く声でそう言い放つ。
「国家に必要なものは民だ、彼等のような人間が、自分たちの意志で生きていくことができれば……」
「できれば、どうだというんだ」
ヴェイリーズの言葉を、容赦なく中断させる。
「さしずめ、そうした底辺層の力を寄せ集め、生半可な規模の独立国家を宣言でもするつもりなんだろうが……とんだ茶番だな」
その日の夜は、着陸地点から半時間ほど移動したところにある、辺境の村に足を運ぶことになった。<
呆気にとられるメイフィルに、フィオラはそっと耳打ちをしてくれた。
この星系には、国家という枠組みに縛られない人々がこうして集まって生きているのだと。現在、確認されている活動可能領域の最外壁部分に位置するここは、活動可能領域的な配置としてみても「辺境」なのであった。
だから、こうして、人々は肩を寄せ合い、そして他人の力を借りることを当然として、生きている。余所者は金を落とし、腕の立つ者なら数日は村を守ってくれる。<Tiphreth>の辺境都市での関係を縮小した図式が、ここでも成り立っていたのだ。
「ねえ」
暗い酒場の中、メイフィルはぽつりと呟いた。
隣では、肘をついたラーシェンが虚ろな視線を正面の壁へと向けている。その先にはただ酒瓶が並んでいるだけ。だが、ラーシェンがその酒瓶の列を見ているのではないことは明らかだった。
「どうして、ヴェイリーズさんにあんなこと言ったの?」
答えは返ってこない。軽いアルコールの入った飲み物を入れたグラスにメイフィルが視線を落としたとき、やっとラーシェンは口を開いた。
「駄目なんだよ」
「だって、ヴェイリーズさんたちだって、悪い人たちじゃ」
「メイ」
ラーシェンの低い声は、まるで教会で鳴らす退魔の鐘がひび割れた音のようだった。
「この世の中は、どいつもこいつもクソったれだ」
「……酔ってるのね」
「そうじゃない」
グラスの縁を摘むようにして、アルコール度数45%のドラッグアンバーを喉に流し込み、そしてグラスを持ったまま項垂れる。
「あいつは悪いヤツなんかじゃない、正直で、まっすぐで、強くて、どうしようもない莫迦だ」
「それなら、どうして」
「この世の中はクソったれだ。いくら強くても、正直で莫迦なヤツは、生き残れない」
「ラーシェン……」
どう答えていいか分からず、メイフィルはラーシェンの横顔をじっと見つめる。
「この世界は残酷だ……走っても走っても、見えない化け物が何処までだって追いかけてきやがる……これだけ逃げたからもういいだろうって、足を止めて満足したヤツから食い殺される仕組みになってるのさ」
メイフィルの耳に、すっと酒場の猥雑な雰囲気が遠ざかるように聞こえる。
ややあって、グラスの中で氷がからんと涼しげな音を立てる。それは、ラーシェンの独白への同意か、それとも抗議の声か。
「そして、俺たちは……食い殺されたヤツを助けようともしないで、わが身恋しさにまた走り出す……」
語尾が、不自然に歪んだ。
はっとして見ると、ラーシェンの口元が震えていた。何かを食い縛って耐えているかのように、小刻みに。
「だから……見ていて、腹が立つんだ」
だん、とグラスを置くと、ラーシェンはやおら立ち上がった。するとそのせいで、酒場の暗がりの中に上半身が消え、顔が見えなくなる。
「俺は寝る、お前も早く……」
休め。
その言葉は、メイフィルの耳には届かなかった。
代わって響いたのは、咆哮。それも、ただの獣の咆哮ではない。その響きには、鼓膜にびりびりと痛みを走らせるだけの、魔力が込められていた。
「妖魔だァア!……妖魔が出たぁッ!!」
恐怖に囚われた男の声が、外から聞こえてきた。
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