新編 L.E.G.I.O.N. Lord of Enlightenment and Ghastly Integration with Overwhelming Nightmare Episode8
第七章第二節<Purification of long-mai>
第七章第二節<Purification of long-mai>
ラーシェンの意識が戻ってきたのは、それから半日が経過したころであった。
躰の不調は何とか小康状態にあるものの、明らかに憔悴が目立っていた。ベッドの上に起き上がったラーシェンは、まだふらつく足で立ち上がり、顔を洗う。無精髭の目立つ顔を鏡に映してみると、隈がくっきりと浮き上がって見える。
「ラーシェン……ねえ、放浪病だってこと……知ってたの?」
背中から質問するメイフィルの声には答えず、ラーシェンは水道の蛇口を閉じた。錆が浮いた金属が甲高い音を立てて鳴り、ぽたぽたと雫が落ちる前髪ごと、ラーシェンはタオルで顔を拭う。
その反応に、メイフィルはたまらない寂寥感を感じた。
私は、ラーシェンに本当に必要とされているのだろうか。半ば無理やりに同伴する形になってしまったとしても、やはりメイフィルには何かの力になりたいというプライドがあった。
いや、それはプライドと呼ぶにはあまりにおこがましいものであっただろう。だが、メイフィルを支えているものは、まさにその気構えであった。荷物になるのは嫌だ。誰かの重荷になるのだけは、よしとできるものではなかった。
その一心で、彼女は工学技術を父からの手引きがあったとはいえ、ほぼ独学で身につけた。既成のセオリーに囚われない独学は、ひどく奇形な知識を生むこともあるが、彼女の場合は奇跡的に、型にはまらない柔軟な思考と発想をもたらしてくれたのであった。
だからこそ、メイフィルはラーシェンの力になりたいと強く欲する。そして同時に、拒絶されることに人一倍、敏感に反応するのだ。
「祓をすれば、助かるんでしょ……また、元気になれるんでしょ」
「ここまで追い詰められて、祓をしている余裕は」
メイフィルの言葉を拒絶しようとしたときであった。
「祓なら、僕がやろう」
聞き覚えのある声がした。振り返るラーシェンの視界に、金髪の青年が飛び込んでくる。
ラーシェンは目を瞬かせ、そして耳を疑った。目の前にいるのは、まさに、あの広場にて拳を交わし合い、そして酒場で酒を酌み交わした相手ではないか。
「ヴェイリーズ……!?」
「覚えててくれて光栄だよ」
屈託のない笑みを浮かべ、ヴェイリーズは部屋の中へと入ってくる。
「まあ、俺もそれ専門じゃないから完璧な祓は無理だけどね。知り合いで一人、専門の人間を知ってる。そいつに会うまでの繋ぎだと思ってくれ」
「できる……のか」
「まあね」
肩をすくめて返事をしてみせるヴェイリーズ。
「その代わり、あとで俺の話、聞いてくれるかい?」
「……あぁ……」
ラーシェンの返事は、やはり、力無く発せられた。
ヴェイリーズに促されるままに隣の部屋に向かったラーシェンは、そのあまりにも殺風景な部屋に、しかし安堵を覚えた。これから、ここで祓をしようというのである。ごちゃごちゃとした、雑多な気配のある空間でされては、意味が無い上に有害ですらある。
ラーシェンに立ち位置を指定すると、部屋の隅にある鉄杭を持って来て、床に開けられた孔にそれぞれを差し込む。
四方を杭で囲まれたラーシェンに、ヴェイリーズはさらに荒縄を持ってくる。縄には等間隔で酷く薄い、ぎざぎざの形状の紙片が取り付けられ、揺れている。
ぎしりと縄が軋むほどにきつく鉄杭に巻きつけ、荒縄を結んだヴェイリーズは、それまでとは一変した真剱な表情でラーシェンに向き直ると、力強く
乾いた音が室内に響くと共に、縄に取り付けられた
こぽり、とメイフィルは何処かから泡が立ち上る水音を聞いたような気がした。水だ。あの光は、水を象徴している。
「高天原に神留り坐す 神漏岐神漏美之命以ちて 皇禦祖神伊邪那岐之命筑紫日向の橘の小門之阿波岐原に身滌祓ひ給ふ時に……」
目を閉じ、ヴェイリーズは
両の指をしっかりと組み合わせ。
ラーシェンを取り巻くその光は、まさに水の流れの如くに、中空に螺旋を描くように渦を巻き始める。まるで塔を上る階段のように。
生み出された水色の蛇のように、ラーシェンを包み、回転する。
「……八百万之神等共に 天の斑駒の耳振立て所聞食と畏み畏みも白す」
ざあっ。
まるで水鳴りの音が聞こえるかと思えるほどの迫力を持って、光は頭上へと吸い込まれていった。
恐るべき吸引力に導かれるように。
光が消えた後の部屋は、凛とした張りが感じられるほどに済んでいた。
「終わったよ」
静かに気息を整えていたラーシェンは、ヴェイリーズの声に瞼を開ける。
「あんたが
祓の効果は術者自身の力量以外にも、対象者の状態も大きく影響を及ぼす。
狂乱状態になっていたり、昏睡状態に陥っている場合などは対象者の乱れ弱った精神に期待することもできないが、こうして対象者の意識がある程度健在である場合は、極めて有効となる。
つまり、術者の力をどのように受け入れるかが重要となる。東の方式となるヴェイリーズの祓に対し、ラーシェンは気息という特殊な霊的呼吸法によって自らの内なる霊的回路を開いたのだ。
ラーシェンは静かに息を吸い込み、そしてやや止めてからゆっくりと吐き出す。
先刻まで躰を包んでいたあの光の色と同じ空気が、自分の周囲に漂っているかのような錯覚も受ける。胸に痛みは無い。躰の芯を蝕むような、不快な熱も無い。
「……世話になった」
「いいっていいって」
ひらひらと手を振ってみせるヴェイリーズ。固く結んだ縄を解き、結界の補助具としての注連縄を巻き取ると、ラーシェンは鉄杭の結界から足を踏み出す。
その動きに、最早頼りなさは無い。ヴェイリーズは補助的に祓をするだけだと言っていたが、なかなかどうして、辺境のもぐりの祓師並か、それ以上の力を持っている。
大したものだ、と胸中で密かに賞賛するラーシェンの横顔を、ヴェイリーズは笑みを浮かべて見つめている。
その様子に気づき、何を見ているのかと問いかけようとした時であった。
「そういえば、どうして<
ラーシェンの歩みが止まる。
視線を動かすことも、何かを口にすることもない。ただ足を止め、何かに逡巡するかのような緩慢な瞬きをして、ドアへと向かう。
「話せないなら、それでもいいよ……そっちのほうが、こっちには好都合だ」
言葉の気配が変わる。
今度ばかりは、ラーシェンは振り向いていた。
好都合。その言葉の意味が分からず、ラーシェンは射るような視線で問いかける。
だがその眼差しを受けてなお、涼しい顔をしたヴェイリーズは、驚くべきことを口にした。
「僕たちに力を貸して欲しい。僕たちは、反<Taureau d'or>……地下に潜って反政府組織を結成している」
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