間章Ⅵ<法廷>
暗闇を、一条の閃光が切り裂いた。
強い指向性を持つ特殊な光が、暗闇の中に、一人の女性を照らし出す。手首を金属の輪で拘束された、セシリア・フォレスティア中将であった。
やや俯いているのは、端から見れば己が罪に打ちひしがれている咎人のようにも見える。だが、実際はそうではない。如何に意志の強い者であっても、降り注ぐ光の重圧に、自然とそうした姿勢を取らざるを得ない。
被告人席をのみ照らし出すその光は、通常の照明などではなかった。神族降臨の際に付随発生する
「セシリア・フォレスティア中将……面を上げよ」
遥かな高みから、声がゆっくりと舞い降りた。その言葉と共に、光による拘束が幾分、緩和される。
ここは、<
酷く低い声は、最高裁判長のものであった。通常の発音に、精神拘束の呪力を上乗せした言霊の韻律がスピーカーを通して、セシリアに放たれる。裁判長の声に導かれ、セシリアは顔を上げた。
無論、照らされているのは自分の周囲だけのため、裁判長の顔を見ることなどできはしない。一見すれば、疲弊し切った精神と光による圧力のせいで、既に自我が麻痺しかけているようにも見える。
だがそれは演技であった。意識の表層に薄い膜をかけるように、セシリアは意図的に反応を鈍くさせていた。
それによって、処罰が軽くなるということは考えられぬ。だがここで、無用に上層部の人間を刺激することは、得策とは言いがたかった。
「セシリア・フォレスティア中将。貴官はL.E.G.I.O.N.の関係者と思われる人物の調査に赴いたにもかかわらず、事実調査を怠り、結果王族の人間を銃殺せしめた」
朗々とした声で、裁判長が判決文を読み下す。
こうしているだけで、まるで魂が抉られるような動揺を幾度も精神に感じるのだ。これがもし本当の重罪人だったとしたら。生半可な精神では、己の罪にむせび、跪き、そして許しを乞うであろう。
だがセシリアは胸中で一つの疑問が氷解していくのを感じていた。
あのとき、L.E.G.I.O.N.として捕らえられていた者が何故、毒物による自決ではなく起爆剤を用いたのか。起爆剤であればなんらかの理由によって爆発の効果が十分に発揮されぬ状況もある。そうした場合、自決に失敗することは組織にとって痛手でしかない。
しかし毒物であれば、こうして自分に何者かが罪状を被せることはできぬ。無理やり毒物を飲ませたという行為は、銃殺よりも相当に不自然だ。
そしてそれよりも、なぜ王族の人間がL.E.G.I.O.N.として捕らえられていたのかということだ。あの男の顔には見覚えがあった。どこで見たのかまでは記憶になかったが、しかし確実に知っていた。知っているということは以前に顔を合わせ、言葉を交わしたということ。考えられる結論はただ一つ。
自分を陥れるための、罠だったということだ。
だがしかしなぜ。込み上げてくる疑問符は尽きなかったが、今はまだ表情に出すべき時ではない。
まるで、神に懺悔をするかのごとくに、セシリアは今一度深く頭を垂れた。
「七騎士団のうち、五つの騎士団長による連名の嘆願書により、貴官の極刑申告を退け、減刑処置という判決へと変更が行われた」
裁判長の言葉は、まるで全能神の如くに鳴り響く。
「セシリア・フォレスティア中将に命ず。本日より五日以内に必要な準備を整え、与えられた艦隊を率い、サメク回廊より第九活動可能領域<
体のいい厄介払いね、とセシリアは胸中で呟いた。
裁判長は、五騎士団長の連名文書と語っていたが、それがどこまで真実なのかは分からない。減刑がなされたからといって、それを素直に喜び、与えられた任務に騎士団復帰のために尽力する、などということは、恐らく裁判長すらも期待はしていないだろう。
何もかもが、滑稽な喜劇でしかない。セシリアは裁判長の言葉が途切れたために、再び顔を伏せる。あきれ果て、口元に浮かんでくる乾いた笑いを見られぬためだ。
「なお、今回の治安維持警備軍としての出兵には、同じ中将の位階を持つ者が同行することとなっている。貴官の働きに期待する」
勝手に言っているがいいわ。
今回の件は、まだまだ分からないことが多すぎる。
舞台に立ったままでは、裏で台本を綴っている姿無き支配者を見ることすらも出来ない。
今できる事は、支配者に勘付かれることがないよう、ただ踊っていればいいのだ。
「これにて閉廷とする」
裁判長の声と共に、セシリアを包んでいた神聖光が、出し抜けに消された。軽くなる肩と共に、視界のすべてが、闇へと閉ざされた。
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