間章Ⅲ<緋色の甲冑>
ほのかな光に照らされた水晶のケースを前に、彼は佇んでいた。足元に点在する間接照明から、影を作らない複数の角度で光が当てられている。対夜魔族に対抗するために作成された抗魔力聖光特有の、青白い光である。
それらの光に照らされて、眼前に浮かんでいるのは一枚の皺汚れた紙片であった。まるで皮のように茶色く変色し、記された文字は薄く蒼いインクが掠れてかろうじて残っているだけであった。
大きさからして、本のページなのだろうか。目を凝らせば、その縦長の紙には、円を基本にした幾何学的な紋様が二つと、無数の文字が書かれているのが見える。
だがこれほどに強い光を当てられてもなお、いやそれ故にか、文字は判別不可能であった。その紙片を、じっと覗き込んでいる男がいた。
彼は、およそこの場には相応しからぬ格好をしていた。短く刈られた褐色の髪と、いかめしい武人然とした相貌。浅黒く焼けた肌に、頬に雷のような傷跡が残されている。猪首をしたその下の巨躯は、分厚い紅の甲冑で覆われていた。大きく張り出した肩当、筋肉を殊更に強調する胸当て、そして金の縁取りと紅に染められた鋼。
星間航行をするこの時代において、古代世界を彷彿とさせるその金属の甲冑は、あまりに不釣合いであった。
だが、仮装パーティーの会場でもないこの場所において、男はどうしてそのような格好をしているというのか。腕を組み、腰に佩いた剱の柄に触れながら、男は低く呟いた。
「この程度の結界ならば……どうということはないのであろう?」
その言葉に反応したのか、青白い聖光が一瞬、乱れた。だがすぐに標準の光度を回復させ、水晶のケースは元通りになった。
そのとき。
男の背後で物音がし、薄闇の中で人影が現れた。
「大変お待たせいたしました。準備が整いましたので、どうぞこちらへ」
くぐもった声に聞こえるのは、すっぽりと頭巾をかぶっているせいか。男の格好に奇異な視線を向けぬ人影もまた、これまた古代の修道士かと見紛うばかりの服装であった。ゆったりとしたフードのついた長衣を腰の辺りで紐で絞る。ただそれだけの服装の人影は、水晶のケースの光源ぎりぎりのところで足を止めた。
声が聞こえておらぬのではあるまい。だが甲冑の男は腕を組んだままじっとケースに視線を注ぎながら、振り向くことなく尋ねた。
「お前たちは、これを何処で手に入れた」
「申し訳ございませぬが、とても私どもにはそこまでのことは……」
予想の範囲内での返答。甲冑の男は眉一つ動かさずに、紙片から視線を外さずにゆっくりと躰の向きを変える。なおも何かを言いたげな顔をしていた甲冑の男は、そこでやっと振り向くと、迎えの人影に手短に警告する。
「もし本当に保管したいなら、今の十倍の結界強度の管理下に置け。今のままの結界では、あれにとっては紙同然に破られるぞ」
「そのご提案、有りがたく頂戴いたします。必ずや我が主に伝えますことをお約束申し上げます」
恭しく頭を垂れる人影に、甲冑の男は静かに歩み寄った。
「時間を取らせたな。 案内してくれ」
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