第四章第一節<Brond envoy>
辺境の港に、ゆっくりとそれは巨躯を横たえた。無機色をした艦の中で、一際異彩を誇るその戦艦。艶のない黄金色に塗装された胴体には、紛れもない<
左右の翼を折り畳んだ水鳥のような形状を持つそれ。<Taureau d'or>の装備基準よりも一回り小さいその艦の名は、スクルド。<Taureau d'or>第二艦隊<
管制官の指示に従い、入港するスクルドは遠隔操縦に身を任せ、緩慢な速度で徐行を続けている。その姿を見たものは皆、一様に驚きに身を固くした。
<Taureau d'or>の第二琥珀騎士団の戦艦を駆る者は、あまりにも鮮烈な記憶を、人々にもたらしていたのだから。
下士官に先導されながら、港の発着ゲートから市街地へと向かう高速回廊を、ベルトに乗って移動している軍服姿の一団。その中央に屹立しているのは、黄金の髪を緩やかに舞わせている女性であった。
黒と紺を基調にした軍服の胸元の階級章からすれば、女性は中将の位を有している。凛とした雰囲気と、そして必要以上に女であることを主張しない態度。
名をセシリア・フォレスティアといった。
すっきりと整った端正な顔立ちは、透けるように白い肌と、美しい弧を描く鼻梁。神話の世界から生まれ出たと思しき美貌を持つセシリアは、空港のロビーで別の男たちの一団と合流し、駐車場へと向かった。
セシリアらが向かう先は、<Taureau d'or>辺境第二都市領事館であった。
これより121時間前、<Taureau d'or>外務省に一本の連絡が入っていた。
L.E.G.I.O.N.関係者と思しき人物を、<
外務省官僚は今回の派遣には参加をしてこなかった。不参加の理由として、L.E.G.I.O.N.の可能性を示唆しているだけで、事実確認が取れていない情報には、国家を守る立場として動くわけにはいかない、という公式見解を示したが、それがこじつけであることは誰の目にも明らかであった。
五隻の駆逐艦と共に入港したスクルドは、だが襲撃を受けることなく無事に<Tiphreth>へと辿り着くことが出来た。だが改めて考えてみれば、駆逐艦がたったの五隻で、如何なる戦闘行為ができるというのだ。せいぜいが相手の母艦から放たれる戦闘機群を牽制する程度の力しかないに違いない。
そしてスクルドに搭載されている光学兵器と呪術兵器だけで戦えといわれれば、いかなる猛者でも二の足を踏むであろう。いつもながら、軍上層部の決定には眉をひそめさせられるものがあるが、今度ばかりはセシリアも疑問を抱かざるを得ない。L.E.G.I.O.N.拿捕の情報と、中将クラス一人の派遣とは、どう考えても釣り合わぬ。
だが、幸か不幸か、思索に耽る時間は予定表には載っていなかった。空港から領事館への道はほんの十数分であり、黒塗りの車を降りたセシリアを出迎えたのは、先行して到着していた兵士らであった。
「ご苦労」
敬礼に身を固める兵士等にセシリアは微笑みを返し、そして手短に問う。
「L.E.G.I.O.N.の関係者とやらは、どうしている」
「は、館内の一室に監禁をしております」
「何か目立った情報は」
「今のところは何も……何分、この数日間は食事すらも取らぬ有様とか」
セシリアは嘆息に肩を落とし、館へと足を踏み入れた。
監禁されていると案内された部屋の周囲には、銃を構えた人間たちが剣呑な雰囲気を作り出していた。人一人を捕らえた程度で、と思うところをセシリアはかろうじてその感情を押さえ込む。
L.E.G.I.O.N.というのは組織の名前なのだ。その中にどのような人材がいるのか、想像することすらも出来ぬ。もし中に監禁されている人間がChevalier《シュヴァリエール》であったなら。
セシリアを初めとする数人が近づいてくることに気づいた護衛兵は、踵を打ち合わせて最敬礼を取る。両開きの扉は頑丈な鉄鎖で幾重にも巻かれている。一見して、異常とも取れる警戒態勢であったが、セシリアの表情は晴れなかった。
「お前たちは、ここで待て」
セシリアはそう判断し、付き従う従者らを下がらせる。
「お言葉ですがフォレスティア中将、お一人では危険すぎます!」
セシリアが懸念しているのは、むしろ部下や領事館側の人間の行動であった。まるで武器を無数に携帯した重犯罪人を拘束しているかのような、物々しい雰囲気の中では、彼らの緊張の糸がいつ切れてもおかしくはない。まかり間違えば、銃座で捕虜を撲殺するくらいのことは平気でしてしまうものだ。
捕虜とはいえ人間であり、生き物である。
「これは命令だ、いいな」
凛としたセシリアの眼差しに射抜かれ、兵士らは足を止めた。
「開けろ」
左右に控える男がポケットから取り出した鍵を使い、南京錠を外す。解放されたノブを掴み、セシリアは一歩中へと足を踏み入れた。
中は思っていたような殺風景ではなく、最低限度の調度品の類は置かれていた。壁際には鎖が打ち込まれ、両手を戒められた人間が一人、頭からフードをすっぽりと被ったまま、がっくりと項垂れているのが目に入る。
ドアの開いた音を聞き、僅かに顔を上げる反応をする。拘束された者の前まで歩み寄ると、セシリアは口調を変えずに名乗りを上げる。
「私は<Taureau d'or>第二艦隊所属、セシリア・フォレスティア中将である。貴殿の名を聞かせてもらいたい」
ぎしりと鎖が軋み、指が何かを掴むように蠢き、ついで顔が少し上がった。
「なる、ほど……フォレスティアの、家の、者か……」
「重ねて問う、名は何と言う」
「……なら、ば……」
躰が起こされ、部屋の明かりがフードの中を照らす。虐待を受けていたのか、血に汚れた顔が露になった。
「……顔を見せた、ほうが……早い、か……?」
男の顔に、セシリアの表情が強張る。
「お前……!」
男は力なく、肩を震わせるようにして笑い。口を開くと、舌の裏から一つの薬剤のカプセルを取り出した。
「やめろ!」
腰から銃を抜き、セシリアは構える。
外部に情報が漏洩することを極端に嫌う地下組織や秘密結社の団員は、即効性の毒薬を常に携帯していると聞いている。苦痛も反応も少なく、速やかに自らの命を断つことができる手段を残し、彼らはその存在を隠蔽し続けているのだと。
もし眼前のカプセルもその類ならば、この男を捉えた意味がない。だが男はにやりと笑い、カプセルを奥歯で挟む。
ぎり、と嫌な音がして、カプセルが破られた。
ぱん、と言う破裂音と共に、男の頭部が破裂する。頭蓋と脳漿、鮮血を四散させながら、壁に派手な血痕を残し、頭部を損壊させた男の躰から力が抜ける。
頬に返り血を浴びたセシリアが銃を構えたまま驚きを隠せないでいるところへ、音を聞きつけた外の人間が雪崩れ込んでくる。入り口付近で中の惨状に驚いた兵士等は、次の瞬間、用意されてでもいたかのように、目の前の光景をもっとも平易に説明する結論へと手を伸ばした。
「中将、まさか……」
「違う、私ではない」
頭を振るセシリア。だが彼女を見つめる部下の目は、驚きと困惑に、濁りを含み始めていた。
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