第三章第一節<Frontier city>
「次」
ぶっきらぼうな男の声と共に、列全体が少しだけ動いた。風と砂避けのフードを被ったままのメイフィルは、顔を上げると不安そうな表情で列の先を見る。だが、すぐ前には体格のいい男が陣取っているために、邪魔されて向こうで何が行われているのか、見ることはできなかった。
「じっとしてろ」
その問答は、この列に並び始めてから優に十回を越える回数を繰り返されていた。ラーシェンがメイフィルと共に訪れたのは、この辺境地区では一番の賑わいを見せている中規模の市街地であった。市街地の外壁は、風と砂、そして妖魔の接近を防ぐために分厚い半球体の壁面で覆われている。
そのため中の様子を窺い知ることはできなかったが、メイフィルの目を引いたのは半球の一部から突き出ている、恐ろしく長い支柱であった。支柱というよりは、曲線を描くループコースターといったほうが適切か。風の影響を防ぐため、直線ではなく曲線を持たせたそれは、市街地の上空に向けて伸び上がっていた。
だがそれが何であるのかを聞く前に、ラーシェンはメイフィルにこれからのことを話し始めた。このタイプの街には、定住者は少ない。住民といえば、街を訪れる者たちにサービスを提供するものたち、そして<
この活動可能領域は、第六活動可能領域、通称<
前述の通り、こうした交易都市には雑多な人間が行き来する。そのため、街の入り口に簡単な関門を設け、そこで街へと入り込む人間をチェックしているのだった。商人の類であれば<Taureau d'or>財務大臣の発行する交易許可証を持っているために話は早いが、それはごくひと握りにしか過ぎない。
訪れる者の多くは許可証を持たない商人と旅人であった。無論、ラーシェンとメイフィルは後者の分類に入る。
では後者は立ち入り不可かといえばそうではない。
彼らとて、定住してもらうことには承諾しかねる者が多いものの、こうした交易都市の財源の一部であるのだから。武器、弾薬の調達、装備品のチューンナップ、両替に始まり、専門の呪術師による祓やVAよりも素早く即効性がある呪力を持つ品の売買など、はては傭兵稼業の人間のスカウトまで。
こうした街は一つの価値観や構想に縛られることなく、人々はそれぞれの思惑によって財と引き換えに品を手に入れ、もしくは財を築く人間で溢れていた。
「次」
何度目かの関門の男の声が聞こえ、目の前の男はやおら担いでいた荷物をどさりと台の上に置いた。
「目的は」
「ギルドだ」
低い声でそう告げる。男の荷物を絞っていた紐が解かれると、中から銃火器と弾倉、そして使いこまれて薄汚れた革のケースが現れる。一通りそれらをチェックすると、関門の男はそれを元通りに袋にしまう。
「五日だ」
乱暴にスタンプを押した紙片を突き出すと、男はそれを受け取りしわになるのも構わずにポケットに押し込んだ。
「次」
大きな欠伸を噛み殺す男の前に、いよいよラーシェンとメイフィルが立つ番だった。これまで、殆どが同じような傭兵稼業や荒くれた男たちを見ていた関門は、珍妙な二人連れに目を丸くした。
「チビ連れか……荷物見せな」
ラーシェンは持っていた袋を同じようにして見せ、そして外套の前を開いた。覗きこむ男の表情が、一瞬にして凍る。
「あ、あんた……」
「それ以上は言いっこなしだ」
関門は、あくまで犯罪者や妖魔などが街に入ってくるのを防ぐための自衛である。たとえ相手がラーシェンのような、普通の人間ではないとしても、それについてとやかく言うのはルール違反であった。
「おいチビ、お前も荷物を見せな」
調子が狂った声で男はメイフィルに命じた。フードを被っているために、男からメイフィルの顔は見えない。メイフィルは大切な機材の入ったバッグを肩から外すと、それを台の上に置く。ベルトを外し、中を一目見た男はまたもや驚いた。
中に入っていたのは、玄人の機械技師ですらも扱いこなせぬような道具の数々だった。ボルト、ナット、ケーブルの類は言うに及ばず、数々のインターフェースにも対応したドライブ、折りたたみ式のコンピューターが三台、そして百を超えるメモリーディスクとスティック。それらは武器となることはなかったが、そんなものを携帯しているような人間にはお目にかかった事はなかったのだ。
「こりゃ一体……」
「もういいでしょ」
メイフィルは手を伸ばすと、男の前からバッグをひったくる。フードの下から聞こえてきたのは、妙齢の少女の声。
男が三度目の驚きに身を固くする。何も言えないまま、口をぽかんとさせている男に、苦笑しながらラーシェンが問いかける。
「許可証をもらえないかな」
はっと我に返った男は、慌てて手元の許可証にスタンプを押した。
市街地に足を踏み入れた途端、今度はメイフィルが目を見張ることとなった。はるか頭上を覆うドーム型の障壁の中には、辺境を悩ませている風も砂も入っては来ない。それどころか、辺境では貴重品なはずの電力を惜しげもなく使って、派手な照明や広告の文字が躍っているところさえある。
確か時刻は夜更けだったはずが、ここでは真昼のように明るい。道を歩いているのも、さっき見かけたようなごつい荒くれ者から皮膚に陀羅尼経の刺青を施した青年、人工骨格によって強化された肉体を揺らして歩く猛者もいれば、水着以上に過激な露出をする少女たちもおり、それらの合間を縫って客引きの声が飛び交っている。
はぐれないようにラーシェンの後をついて回りつつ、ふとメイフィルはラーシェンの視線が傍らの店頭に吸い寄せられていることに気づいた。
その店頭では、最新型と銘打ってあるVAが並べられていた。なるほど、最新と謳い文句をつけてあるだけに、それらはメイフィルの目から見てもそれなりに使い勝手のよさそうなものであった。
明らかに違うのは、小型化が極限まで進んでいることであった。腕時計タイプや極薄でスーツや戦闘服の収納にも対応するタイプなどが並んでいたが、しかしそれらに共通している欠点を、メイフィルは逸早く見抜いている。
「ラーシェン、間違ってもあれは買わないで」
「どうしてだ」
「あれだけの小型化は回路部分をどうにかすればすぐに作れるわ、だけど問題は何処だと思う?」
「処理速度……か?」
「これよ」
特製のバッテリーパックをひらひらと振って見せる。
「あれだけ小型化して、バックライトで見た目派手にしたんだもの、バッテリーにはかなりの負荷がかかってるに決まってるわ」
「だけどな」
ラーシェンはなおも名残惜しそうに、店頭に掲げられたダンボールに書いてある文字を見つめている。電力長持ち、待機時間は3600時間!と赤いペンで書きなぐられているそれを見ているのだろう。
「あのね、待機時間って書いてあるでしょ?大体VAのアプリケーション一つも立ち上げないで待機させたって意味ないんだわ」
肩をすくめて熱っぽく語るメイフィル。
「何かの聖域発動アプリケーションに、妖魔検索、それに支援魔術アプリケーションの一つでも同時起動させてごらんなさいよ、あんなの1時間であっという間よ」
手をひらひらと振るメイフィルの言葉を耳にしながらも、やはりラーシェンは誘惑を捨て切れないようであった。
しばらく何かを考えていたメイフィルは、突然に顔を輝かせ、ラーシェンの袖を引く。
「ねえ、あなたのVA……改造してもいい?」
「改造して、どうする?」
「新しいVAが欲しいんでしょ? 星団世界探したって何処にもない、特製のVA組み上げてあげる!」
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