間章Ⅱ<秩序の庭園>

 調査活動を終え、艦に帰還したデクスター伍長を待っていたのは、予想外の言葉であった。


 <Taureau d'orトロウ・ドール>第四艦隊<藍玉アクアマリン>上級騎士団に属している艦であった。同じく第七艦隊である<縞瑪瑙バンデッド・アゲート>上級騎士団マクシム隊の調査に派遣された彼らは、しかし旗艦ネルガルの全壊した姿を目の当たりにしたのみであった。


 詳細な調査をするまでもなく、生存者がいないことは分かっていた。その宙域から発せられている救命信号もない。


 つまり、圧倒的な軍力の前に叩き潰された、という結論しか、導き出せぬものであった。




「すんませんが、今なんと?」


 ざらついた顎を撫でる手を止め、デクスターは眼前に立つカーティス下級准尉を睨みつけた。上官に位置するために敬語を使ってはいるものの、それでも言葉に含まれる疑念と怒気を隠し切れはしない。


「聞こえただろう、今回の件については極秘裏に調査を行う」


「納得できませんがね」


「上官の命令には従うのが軍隊ではないかね」


 膨れ上がるデクスターの怒気に、カーティスは涼しい顔をしてさらりと返す。


「マクシム艦隊を壊滅させる相手が、この世界の何処にいると思ってんだ?」


「言葉遣いには気をつけたまえ、デクスター


 階級名称の部分の語気を強めて一喝すると、カーティスは咳払いののち、説明を始める。


「マクシム隊の壊滅は私自身、遺憾の極みだよ。しかしそれを公表してはならん理由があるのだ」


「その理由ってやつを聞かせてもらえませんかね」


 マクシムは大尉の位において唯一、艦隊指揮を任せられていた異例の出世を遂げた男である。それほどの敏腕を追い込むなど、そうそう出来ることだとは思えなかった。


「<Dragon d'argentドラゴン・ダルジャン>の存在だよ、デクスター」




 <Taureau d'or黄金の雄牛>と、<Dragon d'argent白銀の龍>。


 この世界に存在する二つの国家機構は、冷戦状態にあった。その理由は、<Taureau d'or>が首相を頂点に持ち、神族の末裔とされている王家との密接な関係を持ちながらの中央集権機構でありながら、<Dragon d'argent>は集権的な絶対権力というものが存在せず、二つの議会による民主制を採択した国家だったからであった。


 過去において、<Taureau d'or>政権の中で責任を問われた高官が<Dragon d'argent>に亡命、さらには抱えていた膨大な機密情報を漏洩することを条件として<Dragon d'argent>の議員としての地位を得ていたことが判明した事件が起こった。


 それを受け、<Taureau d'or>は<Dragon d'argent>に対し、協同して世界を統治する旨の条約の締結を申し出たが<Dragon d'argent>はこれを拒否。理由は元々考え方の違う両者が協同できるわけがなく、また我々は完全な民主制を誇りとしているがために、そうした言わば「毛色の違う血筋」と付き合うつもりはないというものであった。この回答に対して<Taureau d'or>は激怒し、これまでも度々、両者の間に武力衝突が起きるまでになっていた。


 だがそれでも本格的な戦争にまで発展しなかったのは、ひとえに両者の軍事力が均衡していたからに過ぎなかった。




 だがここで、均衡が崩れた。




 L.E.G.I.O.N.と呼ばれる秘密結社の存在であった。


 秩序の庭園の名を冠したこの宇宙宙域、Jardin d'ordreジャルダン・ド・オルダー世界において、L.E.G.I.O.N.が原因とされる施設破壊、要人暗殺、軍事物資略奪といった事件はおよそ三十年で四十八件。


 その徹底した無差別振りと攪乱作戦は、両者の不仲を嘲笑うようでもあった。


 かくして、<Taureau d'or>と<Dragon d'argent>は、いまだ姿の見えぬL.E.G.I.O.N.に怯えつつ、相手に対する疑心暗鬼を強めていかざるを得ない状況になっていたのである。




「そんなことを言ってる場合じゃないと思うんですがね」


「事は酒場で起きた痴話喧嘩とは違うのだよ」


 酒癖の悪いデクスターに対する皮肉を呟き、カーティスは苦笑した。


「ともあれ、今回の報告はこちらで処理させてもらう、ご苦労だったね、デクスター伍長」



 怒鳴り返してやりたい気持ちをぐっと腹に堪え、デクスターは立ち去るカーティスの軍服の背を凝視し続けていた。

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