5話 青葉箔

「ここが姫様の部屋です。どうぞ、ご自由に」


 大原の声が聞こえた。


 私と話す時とは違う、営業用の声。鏡の国から来た客人がいるのかもしれないと思うと、胸が躍った。


 それに、11年間あっていなかった大原の顔も気になっていた。少し楽しみだ。


 11年間、開いたことのない扉が開き、私と同い年ぐらいの男の子の姿が見えた。さっき、隙間から見えた鏡の服を着た男の子だった。


 そして、その少し後ろには大きくなった大原が。思ったより昔の面影が残っていて少し安心した。


「初めまして、季楽姫。鏡の国から参りました、青葉と申します」


 青葉様は、私に深く礼をした。


「初にお目にかかります。龍の国の姫、天河 季楽と申します。青葉 箔様ですね。どうぞ、中にお入りください。」


「ありがとうございます」


 青葉様を中に入れ、大原に紅茶を持ってくるように命じた。青葉様は遠慮なさったが、歓迎する身として紅茶ぐらいは出すべきだ。


 私もストレートティーを淹れてもらった。


「おいしいです」


「ありがとうございます。私が淹れたわけじゃありませんが」


 気に入ってもらえたようで、安心した。


 大原には、部屋から出てもらい、2人きりになった。去り際の大原の顔は、どこか嬉しそうに見えた。私の勘違いかもしれないが。


 扉が閉まると、途端に部屋が静かになった。


 話を切り出したのは、意外にも青葉様だった。


「季楽姫は、ここで何をしてらっしゃるのですか?」


「よくわからないの。気づけば11年経っていて……」


 この暗い部屋に入る前の記憶は、ほとんどない。気づいたら、14歳になっていた。


「そうですか……。すいません、こんなことを聞いてしまって」


「別にいいですよ。こんなに長い間部屋にいる人を目の前にして、聞かないというほうが難しいでしょう。青葉様以外にも、お聞きになる方はいますよ」


 当然の質問だ。


 私が青葉様の立場だったら、確実に質問していた。


 彼は申し訳なさそうにしているが、実をいうと、本当は嬉しかった。室網をしてくれるということは、少なからず私に興味があるということ。友達になれるかもしれない、というかすかな期待をもてた。


「大原さんは、季楽姫の執事なのですか?」


「はい。私はこの部屋にずっといるので、基本の仕事は食事を運んだり、外の様子を私に伝えたりすることだけです。時には、父の手伝いをしていますよ」


「仕事ぶりはいかがですか?」


「いいですよ。惚れ惚れします」


 お互いに話も合って、始めてあったとは思えないぐらいに互いの気が合うことが分かった。紅茶もすすみ、多くの種類の紅茶を飲んだ。


 あっという間に時間が過ぎ、青葉様は部屋を出ていこうとした。


 名残惜しさを感じながらも、手を振ると、青葉様は足を止めて振り返った。


「俺のことは、箔でいいですよ。季楽姫のほうが身分は上なのですから」


 友達と同等の扱いで、嬉しかった。


 私が呼び捨てで呼んでいる人は、執事の大原ぐらいだ。大原も、名字で呼んでいるから呼び捨てというのかはわからないが。下の名前で友達のように読んでも許される相手というのは、箔が初めてだった。それを許してくれたのも、箔が初めてだ。


「わかりました。そうでしたら、私の事も季楽と呼んでください。身分は関係ありません」


 こんなことを言う姫は数少ないのかもしれない。だけど、箔には季楽と呼んでほしかった。親しくなりたかった。


「俺は14歳です。姫はおいくつですか?」


 それは、年齢によっては季楽と呼んでくれるということだろうか。


 私の我儘に付き合ってくれる箔は、とても優しいと思った。


「14です」


「……わかりました。同い年と分かったので、タメ口でいいですか?敬語に慣れていなくて」


 世界が煌いて見えた。


 さっきまでは微かにしか光っていなかった希望の光が、さらに強くなって目の前に現れたようだった。


「もちろん、箔」


 少し微笑んで言えていたはずだ。


「それじゃあな、季楽」


「バイバイ」


 箔は、笑顔を浮かべ、外へ出た。


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