2話 幽閉姫
扉を開くと、そこには気高き雰囲気をまとった龍の国の王がいた。姫様の実の父親で、とてもやさしいお方。僕のような一般の出の者にも、姫様に仕える側近の役割を与えてくれるような、家柄で物事を判断しない、僕たちの頼れる味方だ。
「季楽の様子はどうだった」
「はい、普段通りです。祭りに興味がおありのようでした」
旦那様は、姫様の事を心から心配しておられ、僕が姫様の部屋に行った後には必ず王の間へと足を運ぶようにと仰せつかっている。
「そうか。ここ11年の間、ろくに外の景色を見せてやれなかったからな……」
「しかし、外に出てしまえば、あの力が発動してしまうかもしれませんし……」
姫様が部屋に閉じ込められているのには、大きな理由がある。
この世界ができたのは、人間界ができる1億年前。9つの竜が舞い降りたのがきっかけだった。9つの竜の中でも最も力を持っていた龍が舞い降りた場所が、ここ龍の国。
この世界は、皆特殊な力を持って生まれる。人間界では、魔物と呼ばれているらしい。
龍の国は、万能の国と呼ばれ、どんな力を持ったものが生まれるかは、生まれて3年が経過するまで分からない。基本は、血筋や出身国によって力は分けられるのだが、龍の国はそうではないということだ。
そして、龍の国は力の強い者が生まれやすかった。姫様は、測定の結果、龍の国の中で最も力の強いお方だと判明した。つまり、この世界の中で一番力の強い方だということだ。
底知れぬ破壊と癒しの力を合わせ持った姫様に恐ろしさを覚えた、奥様は姫様を隔離した空間に閉じ込めた。
実の母ならば、ここまでしないだろうが、今の奥様と姫様には血のつながりはない。実の母は、姫様を生んだ後にお亡くなりになり、第2夫人だった奥様が戸籍上の姫の母となっている。
姫様は、このことをご存知ではなく、母は自分の事をお嫌いなのだと勘違いをなさい、胸を痛めておられる。それは、父も同じかと思い、今の姫様は僕以外面談謝絶の状況だ。
旦那様は、姫様に会いたいと仰っているが、姫様がそれをお許しにならないのだ。旦那様の本当の気持ちも知らずに。
「様子だけなら、教えてあげなさい」
「はい」
旦那様は、奥様に逆らえない。
王族とは、常に民に見られている。城内で不愉快なことが起きると、それはたちまち国民に知れ渡ってしまう。旦那様は、龍の国の王として国民を安心させるため、奥様と仲良くふるまっていなくてはならないのだ。
そのため、姫様のことで争うことは許されない。
実際のところ、姫様の事は国民に明かしていない。誰かに何か言われると面倒なことになるからだ。
彼女の事は、城にいる僕を含めた執事数人しか知らない。もちろん、
そんな外の状況を姫様が知るすべなどはないのだが、彼女も少しは理解しているのだろう。誰も自分に会ってくれないというこの状況。自分が誰にも愛されていないと思ってしまうのは仕方ないといえば仕方ない。
だが、旦那様は心から姫様を愛し、一秒でも早く姫様に会いたいと強く願っていらっしゃる。毎日のように「季楽の様子は?」と聞いてくる旦那様は、一瞬王の顔ではなく、娘を案ずる父の顔になる。身分という壁が、姫様と旦那様の親子の関係を壊してしまっているのかもしれない。
僕としては、二人には会ってもらいたいが、姫様の気持ちも理解できてしまうため、無理やり合わせることはできない。それに、僕は姫様に仕えている執事。旦那様の命令よりも、姫様からの命令が優先だ。
「季楽は、まだ面会謝絶か?」
「はい、力及ばず、申し訳ありません」
週に1回、姫様には旦那様に会うように話をするようにしている。毎日言っていた時期もあったが、姫様が口をきいてくれなくなったので、やめた。
「仕方がない。身分のために娘を売っているようなもの。会いたくないというのも、分からなくない」
「そんな……!」
旦那様は、目を伏せた。いつもは威厳に満ちた旦那様が、姫様に拒絶されたときにだけ見せるこの表情が、僕は嫌いだった。
悲しみに暮れるその瞳は、姫様が部屋で見せる色と同じ色をしていて、胸が苦しくなった。
「失礼しました」
そろそろ姫様の昼食を運ばなくてはならない。仕事のため、王の間から立ち去ろうとした。
「待ちなさい。大原、頼みがある」
僕が部屋を出る直前に、旦那様が言った。
動きを止め、旦那様のほうを向いた。
「はい、何でございましょうか」
「今夜、私が呼んだ男が鏡の国から参る」
「そうですか」
旦那様が城に国外の者を呼ぶことは僕の記憶の限りでは初めてで、ひどく驚いた。
「その男を、季楽の部屋まで連れて行け。その役目を、お前に果たしてほしい。最後の命令だ」
「……かしこまりました」
なぜ、とは問わなかった。
それを聞いてはならぬという旦那様からの無言の圧力。その時の表情が、王の顔だったのか、父の顔だったのかは、僕にはわからなかった。ただ、姫様を思っての行動だということだけは分かった。
僕は、再び一礼し、仕事に戻った。
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