捨て身

Re:over

捨て身


 僕は今、どこか見覚えのある1人の女性が複数の男性に囲まれているという、非常にあぶなっかしい光景を見ている。時間は午後9時ごろというところで、辺りは真っ暗。その上、人気のない場所ときた。


 助けなければならないというのはわかっている。しかし、あいにく僕はスマホを持っていないし、交番までの距離もそこそこある。周りに店や公衆電話といったものはない。僕が助けなければ、彼女は......。


 僕は非力だ。だから、男たちに馬鹿正直に突進して、彼女が逃げる時間を稼ぐくらいしかできない。いや、時間稼ぎできれば十分か。


 街灯の薄い光で男の数が3人とわかった。女性の後ろから男の1人が押さえ、それに続いて他の2人の男も女性へ近づいた。まずいと思い、男へ向かって走った。


 足音が辺りに響き、男たちはこちらに目を向ける。僕はお構いなしに女性を捕らえている男に体をぶつけた。と思ったのだが、紙一重で避けられ、かけた体重は行き場を失い、バランスを崩してその場に倒れ込んでしまう。


「なんだよこいつ」


 女性を捕まえていた男性が僕を見下して呟いた。その瞬間、男の悲鳴が聞こえ、連なるように男の断末魔が夜の空に溶けていく。僕は何が起きているのかわからずに、地に付いた膝を持ち上げて周囲を見渡す。


 その声のせいで僕のせいで、全身が震え上がり、動けなくなった。顔面めがけて足が伸びる。反射的に腕を交差させて、防ぐが、意味を成さず、腕ごと飛ばされた。


 街灯の真下に改めて倒れ、足の持ち主を見上げる。動きやすそうなジャージを身につけ、拳を構えた美少女が敵意を含んだ目で睨みつける。完全に勘違いされていることはすぐにわかった。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、誤解だ」


「何とぼけて......あ、もしかして、私を助けようとした人?」


 誇張するのは性に合わないので、控えめに頷いた。


「てか、平沢じゃん!」


「覚えてくれていたんだね」


「そりゃあクラス1目立たないから、むしろ覚えちゃった」


「それはそれで喜んでいいのか? あっちょっと来て」


 原井さんの向こうにいる男が立ち上がろうとしているのが目に映り、急いでその場から立ち去ろうと、原井さんに声をかけるが、本人は理解できていない様子で、首を傾げる。


 説明している時間も惜しいので、躊躇うことなく彼女の手首を掴んで引いた。彼女は僕に抵抗することなくついてくる。きっと、あっけにとられたのだろう。


「ここまで来たら大丈夫だろう」


「......平沢ってこんなに大胆なこと、できるんだね」


 顔を赤らめた原井は動揺しているようで、目を合わせてくれない。慌てて手を離し、僕も赤くなっているであろう顔を下に向ける。


「まぁ、あんな状況を見たら、ね」


「私が護身術学んでるって知ってた?」


「うん。有名だからね。賞とかたくさん貰ってるし」


「だったらどうして助けたの? あなただって危険な目に遭うかもしれないのに」


 僕は言おうか悩んだ。黙っていては失礼なので頑張って理由をぼかした。しかし、こんな、自分の思いを伝えることのできる場面なんて、二度と訪れないだろう。このチャンスを見逃すわけにはいかないと思った。


「原井さん......僕、あなたのことが好きです」


「私のこと助けてくれて、カッコいいとこ見せつけられて、ノーって言えると思う? 丁度、私もあなたのことが好きになったところだから......その、付き合う?」


「も、もちろん! その、よろしくお願いします」


「こちらこそよろしく」


 彼女は照れながら優しく微笑んだ。初めて見る彼女の複雑な表情は、僕の頬を緩ませた。

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捨て身 Re:over @syunnya

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