第2話
「私も本当にお母さんかあ。」
病院のベッドの上、たいして景色もよくないのに暇だからと窓を眺めては大きくなったお腹を撫でていく。
「大丈夫、千紗は良いお母さんになれるよ」
「そしたら浩介は良いお父さんになってよね」
「もちろん」
そう言ってお腹に耳をよせる浩介は今からでも親バカが伺える。
「愛しい妻と娘がいるからねー」
ほら、ご覧の通りだ。恥ずかしげもなくこういうことをさらっと言ってのけるのだから、頬が熱をもってしまう。
「なーに、照れてるの?」
「ちがうわよ、ばか」
「ふーん。」
にやにやとしながら、浩介は持ってきた荷物を棚に仕舞いに向かう。もとから体調が不安定なのもあってか臨月になって入院しはじめてから、浩介の背中はだいぶ頼もしくなってきた。2人で願うのは、ちゃんとこの娘が元気に産まれますように、とだけ。
生ぬるい風が髪をすくったと思ったら、浩介が窓側で空を眺めていた。ふいに思い出す、懐かしいあの日のこと。
「この娘は、夢をみるのかしら。」
「そりゃあ、見るだろ。子供の頃は尚更」
「うん、そうだけど、そうじゃなくて。
幸せで特別な、そんな夢。」
気持ちよく風がふいて、ふわりとお腹に顔をうずめてみる。
「見て欲しいなあ。見るのかなあ。」
いつの間にかベッドの隣の椅子に座ってた浩介が私の背中をさすっていく。
「千紗は時々、独特な感覚をもってるよな」
「…変?」
「ううん、そういう所も好きだよ」
背中をさすり続けながら、また照れた、と浩介は楽しそうに笑った。
「…小さい頃に亡くなった隣のお婆さんがね、ずっと誰かを待ってたんだ。」
少し身体を横にして手を伸ばせば、察した浩介がその手をつないでくれる。
「夢の中で会う人なの、って幸せそうに話してたの。」
「うん」
「でも、やっぱり会えないのは辛いよね。
私、浩介に出会えて良かった。」
繋がれた手がぎゅっと強く握られる。
「私、…ちゃんとお母さんにッ、なれるかな…」
弱々しくて、震えた声が部屋に響いた。ずっと堪えていた本音をこぼしてしまえば堰をきったように涙が落ちていく。
「大丈夫、俺がいるから。」
いつの間にか私を抱きしめていた浩介の手が震えてるのが分かる。ただ、ただ浩介の体温が優しくて安心して温かかった。
***
「千紗、落ち着いた?」
「うん。」
渡されたミルクティーを飲みながら頷けば、彼はほっと息をついて席に座った。かすかな沈黙。それを破ったのは彼の方。
「…さっき千紗の話を聞いててさ、俺も似たような話を昔聞いたのを思い出したんだ。」
お腹をさすりながら、すごい偶然だよな、と続けて話していく。
「俺の親戚でさ、離婚を繰り返してた曾お祖父さんがいたみたいなんだけど、その人はずっと彼女を探してるんだ。って言い張ってたみたいなんだよ」
「…それ、本当?」
「うん、親戚では笑い話にしかならなかったって言ってたけどさ。」
浩介がさすっていた手をとめて、私の手を優しく繋いできた。その瞳はどこまでも深くて慈愛に満ちている。綺麗な瞳。
「この娘が生まれた時にはさ、もし千紗のいうような夢をみるとしても、俺の親戚みたいに誰かを探しても、きっと素敵な人に巡り会えるように二人で願っていようよ」
ぎゅっと手を繋いで照れくさそうに笑う彼に、私もまた笑みをこぼした。
「浩介って、意外とロマンチストなところあるよね」
「千紗だって相当ロマンチストだろ」
「えー。でも、そうだね、この子も素敵な恋が出来るといいな」
「ああ。」
お腹をさすりながら、またふたりで笑い合う幸せな時間。きっと浩介と2人ならなんでも出来る気がする。
そうだ、昔預かっていたネックレス、今はどこにあるだろうか。この娘が生まれたら、プレゼントしてあげよう。
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