第5話「本日は大魔王の臣下がやって来ました」
「飽きたのじゃ!」
夜通しルールブックを読んでいた俺に性根の腐った魔族が言い放った。
「何がだよ。俺はルールブックを読了するまでは忙しいんだ」
「ご飯じゃ!こっちに来てから卵と鶏肉しか食べてない!」
今まで100日も食べてなかった奴が、「飽きた」とか何を偉そうに。
「こっちに来てからって、まだ3日も経ってないぞ。贅沢言うな。誰があの黒い霧を消したと思ってる?あれがあったら色々食えたってのに。ほらほらあっち行った。俺はい・そ・が・し・い・ん・だ!」
「余は大魔王なのじゃ!贅沢する立場なのじゃ!もっと余を敬え!」
うざっ!
いくら美少女でもこうまで露骨に姫アピールされるとうざっ!
「そんなルールブックなぞすぐに理解できる!何か違うの食べたいいい!!」
「できねえよ!大魔王なら大魔王らしく、そのへんに腰を下ろして一日中ふんぞり返ってろ!それが大魔王たる威厳じゃねえか!」
「いやだーー!いやだーー!」
寝床という名の木の板の上で駄々をこねてやがる。
「わかった!わかった!集中できないからやめろ!じゃあ、魚でも獲ってくるからついて来いよ」
「魚?あれって食えるのか?」
「お前は普段一体何を食ってきたんだ…」
近場の湖に向かう。
相変わらず透明度が高く最高の水質だ。
「シス、サーチ魔法で魚影を見つけてくれ」
「うむ。…たくさんおるぞ」
「じゃあ6匹程捕まえてくれ」
「どうやってじゃ?」
「どうって、鶏を捕まえたように浮かせて」
「ははは、令司は愉快なことを言うな。できるわけないじゃろう」
「え?なんでできないんだよ」
「液体物質から個体をすくい上げるとかできん」
「魔法つかえねえ……ああ、じゃあ魚の周りの水ごと浮かせてくれ。それをそのまま素早く陸に移動すれば穫れるだろ?」
「令司はルーラーとしてはバカなのに、こういうことは天才じゃな!」
「誰のせいでこうなったと思ってるんだ」
魚は鱒の類のようだ。
地球の魚と瓜二つじゃないか。
これなら食用としても問題ないだろう。
「これが旨いのか…」
「ああ。鶏肉とはまた違った旨味が口いっぱいに広がるんだ」
「ふぁああああああ……」
その食に対する興味をもっとルーラーの方に向けてくれ。
大樹に戻り、下ごしらえをして氷で保存しておく。
昼飯を案の定催促してきたシス。
しかしルールブックを読むのに忙しい俺は、鶏肉を勝手に焼いて食ってろと突き放す。
魚は夜だ。
「だあああ!4000ページまで読んだってのにまだあと半分少しもあるじゃねえか!」
「まだ理解できてないのか?要領が悪いのお」
「おい、話しかけるな近づくなクソ魔族。大魔王でもない低級魔族がいると気が散る」
「く、クソじゃないわ、大魔王じゃし!!」
耳がピクついている。
「一人は暇なんじゃああ!遊んでえええ!!」
「うるさいわ!俺はルーラーとして必死に勉強してるってのに、何が「遊んでえ」だ!そんなに遊びたければ大魔王なんだから配下呼んで遊べばいいじゃねえか!大魔王ならな!」
「ああああああ!!バカにしたああ!!今絶対バカにしたあああ!!」
「ああそうだ!食って寝て食って俺をバカにして食って、とかお前の方がクソだわあ!」
「むかつくううう!!お前なんて料理ができなければ即殺してやるのにいいい!!」
「それは残念だったなあ!下等生物におちょくられるのはどんな気持ちだ!?下等生物に料理を恵んでもらうのはどんな気持ちかなああ!!だーはっはっは!大魔王だと認めてほしくばルールブックをあっという間に理解できる魔法でもかけてみやがれってんだっ―って痛い痛い!角が刺さってる!痛いから!」
抱きついてきて角を頬に刺してくる偽物大魔王。
「9500ページ!」
「は?」
「9500ページから読むのじゃ!」
何を言ってるんだ。
どれどれ。
そこに書いていた文章を見て、俺は脳の血管が切れる感じになった。
『あれれ~まさかキミって、こ~んな分厚い本をご丁寧に1ページから読んでた~?』
読んでたよ、チクショウ!
そこから読み進めていく。
すると、
『あれれ~要領悪いって大変ですね~どうせ生き方も要領悪いんですよね~?』
『よっ!要領の悪さ世界一!世界遺産として認定しますぅ~』
『ぷぷぷぷ~!この量をアナタの足りない脳みそで全部理解できるわけないじゃな~い』
定期的に読者をバカにする文章が書かれていた。
「ななな、なんだこれはあああ!」
「あはははははははは!!」
笑い転げてるシス。
ほんと殴りたい!
もうなんとなくオチは理解できる。
「ほらほら!あと1ページ!」
『このページを開くことでこの本に書かれいてる内容は全て理解できるようになる』
すると本全体が光り出し、その光が俺の頭に吸収されていった。
ダンジョンルーラーとしての知識が頭に次々と入ってくる。
「す、すげええええ!!」
「だから理解するなんて簡単だと言ったじゃろう?」
「……もっと早く言え、腐れ大魔王」
「まだ1ページあるようじゃぞ?」
「え?」
『ねえねえ今どんな気持ち!?ねえねえどんな気持ち!?』
「うおおおおりゃあああああ!!」
渾身の力で本を投げ飛ばした。
腹を抱えてヒーヒー言いながら笑っているシス。
魔族を殺しても罪には問われないよね?
夕方。
夕食の準備に取り掛かる。
「この魔力は!!」
シスが森の先を見据えた。
なんだ?またこの世界の人間がきたのか?
「おい、どうした?シス」
「来た!!」
現れたのは美女。
パステルブルーのロングヘアーに双角。
黄金色の瞳で小顔。
外見は20歳前後といったところだろう。
服装は豪奢な刺繍が施されたローブのようだが、艶めかしい太腿が露出している!
胸はそれなりに大きそうだ!
「シス様あああああ!!」
「ベルゼええええ!!」
様?
今あの美人さん、様って言ったな。
二人は抱擁し合う。
「シス様…探しました…よくぞご無事で…ウ、ウ…」
「ベルゼよ、余はお前から見放されたと思ったぞ…」
「何を仰られますか!!このベルゼは例え大魔王職を解任されたシス様でも―」
「うわわわわわ!!いいから!それはいいから!!」
うん?なんだ?
何かあのベルゼって人、大魔王職を解任されたシスとか言わなかったか?
あ、シスが真っ赤な顔でこっちを見てる。
めんどくさいなー…今は聞かなかったことにしておこう。
「ベルゼ、そんなことはいいから、また変わらず余の元にいてくれるのか?」
「勿論です!このベルゼの主はシス様以外にはおりません!」
「ベルゼ!!」
「シス様!!」
また二人抱き合う。
スポ根ものを見ている感じだ。
「時にシス様。あのダサくていかにも劣等種のような存在はなんですか?」
聞こえてるよ!
あーせっかくの美人だってのに、コイツもシス同様どうしようもない魔族っぽいなあ。
「ああ。あいつは宮洞令司といってな。人族のダンジョンルーラーなんじゃ」
「あの男が……」
俺も挨拶したほうがいいのだろうか。
行ってみるか。
「初めまして。俺は宮洞令司。シスに任命されてダンジョンルーラーをやっている」
あれー。
美女の目つきが滅茶苦茶怖くなってるんだけど!
「貴様……魔族を統べるシス様を呼び捨てとは何事か!その上、魔王である私に対してもタメ口とは!!消えるがよいわあああ!!」
「ひえええええええ!!」
どこからともなくベルゼという女が槍を取り出した。
やっぱりろくなやつじゃなかったかあ!
「待て待て!落ち着けベルゼ!こいつはこういう奴なんじゃ!こう見えてすごい特技もあるんじゃ!」
「はっ!これは失礼いたしました」
切り替えはええ…。
秒速で直立不動とか。
魔王とか言ってたし、その魔王がシスの言葉に従うってことは、このポンコツは本当に大魔王だったのか。
「ベルゼ、ちょうど夕食を食べるところじゃったのじゃ。お前も来い」
かまどを囲む人間一人と魔族二人。
俺は魚に木串を通し、遠火で焼いていく。
「なんですかこれは?」
「これは魚じゃ。旨いらしい」
「魚?食べられるんですか」
魔族の食生活が非常に気になるよ。
「ベルゼ、令司に自己紹介をするのじゃ」
「はっ。私は筆頭魔王として魔族を統べるベルゼブブ。平伏せよ下等生物」
「ベルゼブブって、あのハエの王の!?マジか!?」
あれれ…?
なんでまたそんな殺意で満ち溢れた目になってるの?
「…貴様……高潔なる私を今、ハエと言ったな……?やはり殺す!!」
「なんでえええええ!」
「よさんかベルゼ。あー令司。ベルゼはハエが嫌いなんじゃ」
ベルゼブブなのにハエが嫌いとかどういうこと?
ハエだろ?
「でも真の姿はハエなんだろ…?なんで―」
「ちがーーーう!!どこまで私を愚弄するのか!!シス様、この生物は無礼にも程があります!すぐに処刑を!」
めんどくさーー!
魔王ってのはなんでこんなにめんどくさいんだー!
「令司、ハエの姿は魔力を変換させた姿であって、真の姿は今の人型なんじゃ。変身した姿をベルゼは嫌っておるということじゃ」
「な、なるほど…禁句だな、ハエは」
「ベルゼ、ちょっとこっちへ来い」
二人は離れて何やらひそひそ話をしている。
気になるなぁ。
絶対俺のことを話してるのは明らかだろ。
はあ…それにしてもただでさえシスで手一杯だったのに、また同じようなめんどくさい魔族が増えるとか、どんだけだよ…。
美女と美少女?
嬉しいよ?
嬉しいけど、性格はあれだよ?
逆にストレス溜まってるよ?
きついわー。
「待たせたの。もう魚は食べれるのか?」
「ああ。ほら、骨に気をつけて身だけを食べるんだ」
二人が一口食べてみる。
「おいしいいいいいい!!」
「こ、こ、これは!!おいしい!!」
二人は夢中になって貪る。
ははーん…この女もそうか。
それならなんとかなりそうだ。
「ほらほらゆっくり食べないと、骨が喉に刺さるぞ?」
「くっ!シス様に向かってタメ口とは…だが…うむ…旨い!」
俺は串に胸肉を刺し、塩コショウを振って魚と一緒に遠火で焼いていく。
「ん?何しておるのじゃ?石で焼くんじゃないのか?」
「お前が飽きたっていうから、違う焼き方で食わせてやるんだよ」
「ふぁああああああ!おいベルゼ、これは鶏肉といってな、美味なんじゃ!」
「なんと!実に楽しみです!」
遠火の直火で焼くと、石焼よりも香ばしい煙が出てくる。
その煙を二人が吸う。
「ふぁああああああ!!なんなんじゃ!!この芳しい匂いは!?」
「た、たた堪りません!!このベルゼ、このような匂い初めてです!」
「まだか!?令司!まだなのか!?」
「まだだ。慌てるな。この俺様を誰だと思ってるんだ?シス」
「食神様じゃ!!」
「そうだ。俺を敬えばもっと極上のものを食わせてやるんだ、感謝しろよ?」
ニヤリ。
「こ、この男!!シス様になんて言い草だ!!」
「おおっと、ベルゼ。俺に歯向かっていいのかな?もう料理を提供できなくなるんだがねえ?」
「ぐっ!」
「そうだろう?シス」
「ぐぬぬぬ…!そ、そうじゃ!ベルゼ、ここは落ち着くのじゃ…!」
「シス様……覚えていろ、下等生物…」
「下等生物?おい、誰がなんだってえ?」
「ぐぐぐぐ…!令司…」
「ま、いいだろう。それでいいんだよ、はっはっは!」
「も、もういいじゃろ、こんな匂い耐えられん!」
「食べてよし!」
俺の合図と同時にがっつく魔族。
「ぐはあああああ!!うまーーーーい!!」
「ああああ!こんな美味しいものがあったなんて……!」
ははははは!なんて気持ちが良いんだ!
ちょっとスッとした。
結構食ったな、こいつら…。
食べ残った魚のアラや骨、鶏の骨を集めて、大きい石鍋に入れ、水を注ぐ。
石鍋を火にかけながら、シスと一緒に料理本を読んでいるベルゼに聞く。
「ベルゼは魔族の部下がたくさんいるんだよな?」
「は?当然だ。この星の人口以上の部下がいる」
この世界の人口などわからないが、スケールが大きいな。
「実はルーラー業をするにあたって、店舗を建設したいんだがやり方もわからなければ人でもいないんだよ。そこでだ。建設に詳しい部下をここに呼んで、建ててほしいんだ」
「貴様の命令など聞かん。立場を弁えろ劣等種が」
コイツ!
食うもん食ったらすぐに態度を切り替えやがる!
やはりシスと同じタイプだ。
「そうか。わかった」
俺は石鍋の前で座る。
二人の話が聴こえてくる。
「シス様、この三段重ねになっている茶色の料理はなんなんでしょう…」
「わからんが、とにかく写真だけでとてつもなく美味なものだということがわかる…」
写真あるのかよ、魔界に。
さっき飯食ったばかりだというのに食い意地がすごいというかなんというか。
お、灰汁が出てきたな。
木のスプーンで取り除く。
生臭さはこんな器具と調味料じゃ抜けないが、家庭料理としては十分だろう。
あと2時間くらい煮込むか。
本来は一晩中煮込みたいところだがな。
小麦粉、卵、塩、水で簡易卵麺を作る。
「よし、こんなもんだろ。魚と鶏スープの味噌ラーメンが完成だ!」
「ズルズルズル…うめええええええ!!」
「令司いいいいいいいい!!何を食べておるんじゃあああ!!」
「貴様ああああ!!その旨そうな匂いの食べ物はなんだあああ!!」
ニヤリ。
案の定やって来たか、食っちゃ寝魔族が!
「別にー。お前らが魚と肉食って俺の分がなかったから、俺専用の俺ラーメンを俺だけが食べてるだけだけど?」
ズルズルズルー!
「余も食べるのじゃああ!!」
「早く作れ!劣悪人め!!」
「おいおい、お二人さん。特にベルゼ。その言い方はなんだ?俺の名前をもう忘れるとはどんな脳みその構造をしているんだ?俺は食神様だぞ?ほらほら、敬う心を忘れているんじゃないか?」
「ぐぐぐぐっ!早く作れ…令司…!」
「シス、お前の臣下は口癖が悪いなあ。部下のしつけがなってないんじゃないか?このままだと連帯責任としてこのラーメンを作ることはできないなあ」
「ベ、ベルゼ!さっさと言い方を改めるのじゃ!ら、ラーメンが食べれぬではないか!」
「お、己ええ、奪ってでも―」
「おおっと!奪うとか考えてないよなあ?お前がちょっとでも動けば、この極上のスープは地面に吸わせてやることになるんだがー?」
「なっ!!く、くううう…作ってください……令司……!」
「ふむ…まあいいだろう…だが一つ条件がある。お前の建設専門の部下を呼び、ここに店を建てること。それをするなら作ってやろう。ほーら、ズルズルズルー」
「ふぁあああああああ!もう辛抱堪らん!!ベルゼ、部下を呼ぶのじゃ!」
「わ、わかりました…!」
「全く、俺はダンジョンルーラーなんだぞ?もっと協力しろ、わかったな?ベ・ル・ゼ」
「ふぬうううう……!」
「よし、少し待ってろ。今から作るから」
「やったああああああ!!」
満面の笑みのシスと屈辱に怒り震えるベルゼ。
実に愉快だ!
「あああああ!!こんなスープ飲んだことがない!!余は一生このスープで生きる!そしてこの麺というのもスープに絡んでやめられない旨さじゃ!!」
「これは、とまらない!何杯でも!いける!おかわりいいいい!!」
「はいはい」
なんだかんだで、俺は旨そうに食べる姿が嬉しいんだな。
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