第6話「本日はダンジョン屋施設を建設し始めました」

 この世界『ホープ』に来てから3日目の朝。


 風呂に入りたい。


 銭湯通いで3日に1回しか入っておらず、シスで出会った日に行く予定だったからもう6日間も汗だらけで過ごしている。


 自分では気づかないがきっと臭いだろう。

 髭も剃りたい。

 下着も替えたい。


 一度帰りたい。


「おい、下等種。部下を呼んでもいいのか?」


「食ったらすぐに俺を侮蔑するのはやめろ。で、何人くらい呼べるんだ?」


「何人でも問題ない。建築職人を呼べばいいんだろ?」


「ああ。人数は任せるよ。なるべく早く建てたいんだ」


「そうか」


 ベルゼはそう言うと、黒い霧を出現させて消えて行った。


 あいつもシスと同じ技を使えるのか。

 ということは、部屋に戻れるのでは?

 次戻ってきたら頼んでみよう。


「令司ーー!朝ごはんはーー!?」


 遠くでシスが叫んだ。


 あの大魔王かもしれない女は食うことしか頭にないのか?


「そこにある鶏肉を焼いて食えー!」


「えー!またこれー!昨日のスープか串の焼き鳥がいーいー!」


 贅の悦びを知りやがって。


「スープは夜だ!大人しく肉を焼いて食べろー!」


 その時、ベルゼが戻ってきた。

 早いな。


 すると、次々に異形の怪物が黒い霧から現れた。

 木、石、豚の魔物にゴブリンもいる。

 どんどん現れてくる。


「な、何人出てくるんだ!?」


「500人だ」


「500人!?」


「早く建てたいんだろ?トレント、ゴーレム、オーク、ゴブリンの建築職人を連れてきた。指示は貴様がやれ。来るんだ、オールドトレント!」


「ヘイです!」


 トレントだったのか。


 建設に木材、石材使うからトレントとゴーレム。

 すっげえわかりやすいな。


「この低級人族の指示に従って建てるんだ。一応ダンジョンルーラーのようだから殺すなよ」


「ヘイです!」


「よ、よろしく。俺は宮洞令司。手伝ってくれることに感謝するよ」


「ヘイです!」


 おい…言葉通じてるのか?

 ま、まあいい。


「とりあえず、向こうで座って建設計画を建てたいんだが来てくれるかな?」


「ヘイです!」


 うん。不安しかない。



 予想外に有能なトレントだった。


 名前も予想外に『ヘイ』だった。

 普通に会話もできるし、俺のアイデアにも的確に補足やアドバイスをしてくれる。


 これはあのなんちゃって大魔王よりも有能だ。

 こいつに片腕として働いてもらいたいなー。


「では工事に入りますです」


「よろしく!」


 職人魔族集団は一斉に森を開拓していく。


 木を切り倒す破壊力は抜群だ。

 人だとこうもスピーディーには行かない。

 木材も綺麗に切りそろえられていく。


 さすが職人!


 まず建てる施設はダンジョン屋と住宅。

 ダンジョン屋にはロビー、カウンター、トイレ、更衣室、倉庫、従業員用ルームを作る。

 住宅は2階建て、6部屋、リビング、キッチン、トイレ、風呂を作る。


 まだまだ色々と足りない設備もあるだろう。

 だが、とりあえずダンジョン屋としての形を作っておかないと。


 トイレとか今までどうしたか知ってる?

 地面に穴を掘って、そこで用を足す。

 そして水でお尻を流して、流して、流して、石で拭くんだよ?

 葉っぱなんてかぶれたら怖いし絶対無理!


 魔族はトイレという概念がないらしい。

 だからトイレ建設の説明にはすごく苦労した。


「ああああもうう!うるさいんじゃ!落ち着いて本が読めないではないか!」


 現在寝床となっているただの木の板の上で文句を言い放つ大魔王。


 本とか、料理本じゃねえか。

 お前一体読破何周目だよ。


 建設作業員から話し声が聴こえてきた。


「おい、あの御方ってシス様じゃないのか?」


「ああ…あの角と髪の色は間違いねえな。ってか大魔王職を解任されて確か追放されたって聞いたぞ?こんなところにいたんだなあ」


 なにいいいい!?


 大魔王職を解任、追放だってえ!?


 ははははは!

 そういうことか!

 プライドが邪魔して未だに大魔王と称しているわけか!


 これはいざって時に使えるなあ。

 俺の反撃要素が増えた。


 職人魔族は木材を並べ、上と下から橙色の魔法を浴びさせている。

 何をしているのかと聞くと、乾燥させているのだという。

 切ったばかりの木は水分含有量が多い。

 乾燥させることで木の伸縮性を安定させ、腐食も防ぐのだという。


 魔界すご!!

 職人舐めたらあきませんわ!


「ベルゼ、俺の世界に繋がる黒い霧を出してくれないか?」


「失せろ。私は今シス様と料理本を読むのに忙しい」


 相変わらずな態度だ。


 ちょっとばかり美人で白くもちっとして且つスラッとした太ももを露わにしてるからといって、いい気になりやがって!


「おいシス、お前からも言ってくれ。一度部屋に戻らないとこれ以上の料理は作れないぞ。物理的に不可能だ」


「ベルゼ、繋げてやるのじゃ!ここに載ってる料理が食べれないぞ!」


「え?このウジ虫はこの本の料理を作れるのですか?」


「ウジ虫じゃねえ。令司だ。そして作れる」


「なっ!くっ……シス様、転移コードをお教えください」


 ベルゼが黒い霧を出す。


「サンキュー、ベルゼ」


「フンッ」


 バッグを担ぎ黒い霧をくぐると、そこはかび臭く狭い自分の部屋だった。


「3日留守にしてると世間で何が起きたのか不安になるな」


 外は夜だった。

 目覚まし兼電波時計を見る。

 あれ?


「向こうに行った日と変わらないぞ?」


 三時間しか経っていない


「あーそれは向こうの1日はこっちの地球では1時間じゃからな」


「なるほどー…って、なんで来てんだよ!シス!ベルゼもかよ!」


「逃げないか監視じゃ」


 ホントにこういう時に限っては抜群の第六感を持っていやがる。


「逃げないよ。色々と揃えないといけない物がたくさんあるんだ。それに風呂も入りたい」


「風呂?なんじゃそれは?」


「え?風呂知らないのか?お湯で体を洗うんだよ。お前はどうやって体を洗ってるんだよ?」


「水浴びみたいなものか。余ら魔族は魔瘴で体を浄化しておるから水浴びも必要ないんじゃがな」


 魔族の生態を今度ゆっくり知りたいところだ。


 今は22時。

 通っている銭湯は24時までやっているから間に合うな。


「じゃ、風呂行ってくるから、お前達は待っててくれ」


 洗面具を持って外に出る。

 歩いて5分。

 行きつけの銭湯『地獄浄土』。


「ここが風呂か?」


「ああそうだ。疲れが滅茶苦茶とれ―ええええええ!?なんでついてきてるんだよ!?」


「だから行ったじゃろう。お前の監視じゃと。あと興味がある」


「お前ら風呂の入り方知らないだろ!?そしてその角!誰かに見られたらどうするんだ!?」


「貴様、高潔なる象徴である魔族の角を恥と言うのか!?」


「違う違う!ここは地球!魔族とかいないから!角があるとこの地球のガーディアンに目をつけられるから!」


「そんな奴ら、私の魔法で消し炭にしてやる」


「おいベルゼ、ここでは魔法は使えないのじゃ。魔瘴がないんじゃよ」


「……え?」


「そういうことだから、角を隠してくれ。本当はその服装も変えてほしいんだがな…」


「仕方あるまい。角は引っ込めるか」


 二人は角を引っ込めた。

 何かで隠すわけじゃないのか。

 角の無い二人はまた違った美しさがあるなあ……。


「じゃあ銭湯に入るけど、ここにはルールがある。銭湯は湯浴み場だから、服を脱いでお湯に入らなければならない」


「な、なんじゃと!?人前で裸になれと言うのか!?」


「なんと不埒で下劣な慣習だ!そんなことができるわけないだろう!」


 だからいやだったんだよ、ついてこられるのが…。

 そりゃ日本人以外の外人はみんなそういうよな。

 あ、こいつら魔族だったか。


「じゃあいいよ。ここで待っていれば。俺は入ってくるから」


「待つのじゃ待つのじゃ!入るから!連れて行ってくれ!」


「シス様!本当に裸になるのですか!?」


「ならんと銭湯を体験できないじゃろ!ベルゼ、ここは入るしかないのじゃ…」


「しかし…こんな寄生虫のような人間の前で裸になるなんて……」


「誰が寄生虫だ。安心しろ、男と女は別になってるから」


「そうなのか!!」


「よかった……」


「服を脱いだら、浴室に入る。そこには他の女性客もいるから見よう見まねで行動しておけばいい」


「わ、わかったのじゃ」


 銭湯ののれんをくぐる。


「あら、いらっしゃい。やだよ、今日は女連れかい?やっと彼女ができたのかい?」


「いやいやいや、何を言ってるんですか、おばちゃん。『やっと』とか、それじゃまるで俺がこれまで彼女がいなかったみたいじゃないですかー。ただの知り合いですよ。こいつら銭湯初めてみたいでちょっとご迷惑をかけるかと思いますが、大丈夫ですよね?」


「お前、未だ異性と付き合ったことがないとか言ってたから間違いでは―」


「シャッラープ!おいおいーシスー、キミは一体何を言っているのかなー?ほらほら周りでくつろいでいるお年寄りがみんなこっちを向いているじゃないかー。余計な言動は慎むように!」


 俺はシスの口元を押さえる。


「ほっほっほ。そうかの。3人で1350円だよ」


 よくよく考えてみれば、2人のタオルもなかった…。

 いたい……この出費はいたい…。

 早く金を稼がないと…。


「じゃ、俺はこっち。お前達はあっち。俺は1時間で出てくるから」


「う、うむ」



◆◇宮洞令司視点◆◇


 6日ぶりの湯は実に極楽だ。


 髪なんてなかなかシャンプーが泡立たず、3回も洗った。

 垢もすごい。

 元来濃くない髭も6日経つとやはりみっともない。


 この3日間は濃厚だった。

 ダンジョンルーラー?魔族?魔法?

 もうね現実とは思えない。

 戻りたくはないが、シスの言ってた金銀財宝が手に入るならそのチャンスは逃したくない。

 とはいえ、あの2人の態度は気にくわない。

 せめて同格の立場を恒常的に築かなければ。

 料理は効果抜群だが、別の策も講じなければな。


 とりあえず今は疲れを癒そう…ふぅ~……



◆◇大魔王シス視点◆◇


「うわっ!」


 皆、裸になってる…。

 やはり裸にならないとダメなのかな…。


 例え同性でも恥ずかしいものは恥ずかしい…。


「ほ、ほら、ベルゼ、脱ぐのじゃ」


「シ、シス様こそ、どうぞ脱いでください…」


「こ、こういう時は家臣のお前から脱がんでどうするのじゃ」


「せ、銭湯にはシス様が一番に入って頂きたいので、シス様より先に脱ぐのは不敬です…」


 ベルゼめ!

 脱ぐのに躊躇しているだけじゃないの!


 ど、どうしよう……。


 15分経過。


 ああ…このままだと銭湯を体験できずに終わっちゃうー…。


「なんじゃ、外人さんかい?脱ぐのに戸惑ってるようじゃな。どれワタシャが手伝ってやろう」


「え?ちょ、ちょっと待つのじゃ!」


 老婆が余の服を脱がしてきた。


「ほらほら暴れるでない。こういうのは思いっきり脱いだほうがいいのじゃ。ほいっ!」


「きゃあああああああ!」


「こ、この無礼な老婆め!シス様に向かってなんたる不埒を―おおおおお!?」


「ほらほら、お前さんも脱がんか。ほいっ!」


「きゃあああああああ!」


 恥ずかしい!

 これは恥ずかしいよー!


 ええと、タオルタオル!

 タオルで色々と隠さないとおお!


「ベ、ベルゼ、さっさと入るぞ!」


「は、はい!」


 湯気がブワッと吹いてきた。

 き、気持ちいい…。


「ワタシャが色々と銭湯指南してやろう」


「ほれ、ここに座りなさい」


 余とベルゼが椅子に座らされた。


「いいかの、まずは髪を洗うのじゃ。ここを押す。するとシャワーが出る」


「こう?うわっ!お湯じゃ!」


「このような魔法は見たことがない…」


「ほれ、シャンプーはこれじゃ」


 見よう見まねでやってみよう…。


 髪が泡立った!

 わしゃわしゃ!


「ふぁああああ……き、気持ちいいーー!」


「ほほほほ。ほえ?髪を洗うのは初めてじゃないじゃろ?」


「うっ、うむ!ちょっと言ってみただけじゃ!」


「シス様!痒いところがどんどん出てくるのですが!」


「確かに!なんと気持ちいいのじゃ!」


 シャンプーとやらを洗い流す。


「次は体を洗うのじゃ」


「体を……洗う?」


「シス様、あそこの女がやってることじゃないでしょうか」


 若い女がタオルで体を洗っていた。

 体が洗髪と同様に泡立っている。


「このシャンプーで洗うんじゃな―」


「おやおや、それは髪用じゃ。体用はこのボディーソープを使うのじゃ」


「これじゃな?」


「まるで風呂が初めてといった感じじゃの。外人さんなら当たり前なのかの」


「し、知っておるのじゃ!今のはちょっと確認しただけじゃ!」


 ええと…タオルにこれを塗って…。

 ゴシゴシ…ゴシゴシ…。


「これも気持ちいいい!!」


「シス様!銭湯はすごいです!」


「う、うむ!これは最高じゃ!」


「ほほほほほ。銭湯の良さがわかる外人さんじゃのーっと、これこれ、そんなに力を入れて洗ってはいかん。せっかくの白肌が赤くなってきてるではないか。力はそんなに込めずに洗うのじゃ」


「こ、こう?」


「そうじゃ。力を入れすぎると逆に肌が悪くなるぞ」


「う、うむ!」


 髪と体を洗い終わった後はこのお湯に浸かるという。


「ふむ…やはり外人さんの若い子のスタイルはええのう。お尻がキュッと上がって極上の桃のようじゃわい。モミモミ」


「きゃあっ!!ろ、老婆!なぜさわったのじゃ!?」


「ほほほほ。これは失礼したのお。湯船には頭と体を洗い終えてから入るのが礼儀じゃ。さ、入ってみるといい」


 足から入れてみるかな……。


「ひゃっ!あつっ!」


「あつ!熱すぎです、この水は!」


「ほほほほほ。最初は熱いんじゃ。ゆっくりとその熱さに慣らして入るのじゃ」


 そう言った老婆は思いっきりザブンと入っていった。

 ……老婆すごい……。


「あつっ!あつっ……おお!?慣れてきたぞ!?」


「本当ですか!?この老婆が魔法を使って勢い良く入っていたと思っていたのですが」


「ここは魔法は使えん。ほら!もう余は太ももまで浸かっておるぞ!」


「なんと!で、では私も我慢して……」


 あ、肩までいけそう。


 ザブン!


「ふぁあああああああああああああ!!」


「はああああああああああああああ!!」


「ほほほほほ!気持ちいいじゃろ?極楽じゃろ?」


「あ………これは……まずい……もう余はここで暮らす……」


「あああ………なんといいますか……もう何もかもどうでもよくなってきますね……」


「そうじゃのう……この地球の食や銭湯文化は非常にやばいものじゃ……」


「火魔法など熱さは感じないというのに、なぜこの湯は熱く、気持ちいいのでしょう…」


「さあのう……どうでもいいことじゃ……」


「そうですねえ………」



◆◇宮洞令司視点◆◇


 遅い。

 もう1時間半も経っている。


 番台のおばちゃんに聞いたらまだ見てないということだった。


 23時半を過ぎているじゃないか。

 まさか…銭湯を気に入ってるとかそういうオチはないよな?


 そして24時。


「ふぁああああ!最高じゃったわい!」


「まさに至福の時間!そうだ!シス様、帰ったらこの銭湯を作ってみてはいかがでしょう!」


 突拍子もないことを言い出したぞ、このハエの王は。


「そいつは名案じゃ!おい令司!この銭湯を作ることを命じる!」


「おい、その前に1時間も遅れてきたことで俺に言うことはないのか?」


「ん?なんじゃろ…。待っていてご苦労!でよいかの?」


「違うわー!まあいい。銭湯は気に入ったようで何よりだよ」


 コーヒー牛乳やフルーツ牛乳をごちそうするのはやめておこう。

 今は金が無い。


「シス様、これは何でしょう。飲み物のようですが」


「ふむ…コーヒー牛乳、フルーツ牛乳と書いてあるな。まあこの世界は毒のある物を置いていることはないし、飲んでみるか」


「そうしましょうか」


 え!?


「ちょ、ちょーーーっとまったーー!」


「ふぁああああ!うまい!!」


「なんでしょうこの美味しさは!湯上がりの身に染み渡ります!」


 あ……金が…どんどんなくなっていく…。


「200円ね」


「はい…」


 くそー!俺が余計なフラグを立てたばっかりに!


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