第3話「本日はダンジョン屋初のお客様ご来店しました」

 俺は考えた。


 シスに部下を呼べないとわかった以上、店舗建設には外部の業者に頼まないといけない。


 だが金が無い。

 地球に戻っても業者に頼む金が無い。


 ならばさっさとダンジョンに人を呼び込み、探索料や手数料を徴収し貯めつつ、探索者の口コミに乗じて建築業者も募集しようと。


 シスに聞くと、ここは周囲を高い崖に囲まれた陸の孤島のような場所らしい。


 この大樹に行き着くことができる道は一本。


 シスに浮遊魔法をかけてもらい移動する。


 一本道は10メートル程の幅で崖に隔たれていた。

 聖魔の大樹へはその一本道を通り、森林地帯を抜けなければならない。

 一本道への入口はだだっ広い平野にある。


「これだけ見晴らしがいい平野だと一本道に入るには迷わないな。逆に天高くそびえる大樹があるんだから目印にもなる」


「この看板はどうするのじゃ?」


「それは……おっ、これって馬車か何かが通った跡じゃないか?」


 一本道から少し離れた場所にそれはずっと続いていた。


 この辺りに看板を立てておけば、興味を持った物好きな人間誰かは来てくれるだろう。


「シス、ここに看板を突き刺してくれ」


『この先の大樹に貴方を未知なる体験に誘う(いざなう)ステキな娯楽施設アリ!』


 完璧なキャッチだ。


 きっと騙され―いやいや興味を持って来てくれることは明白だ。


 その時地面に何やら白い固まりが点在していることに気づいた。


「なんだこれ?」


 土を振り払い覗き込む。


「ううぇええええ!これ人の頭蓋骨じゃねえか!?」


「おお、人骨じゃな。あっちこっちに散らばってるのー」


「でええええ!何!?何なのここは!?」


「ここは戦闘地域なんじゃ。この世界は5カ国あってな。この一帯はその5カ国に囲まれた丁度中間に位置しておる。飽きずに日々この中央地域の領土を巡ってドンパチしてるってわけじゃ」


「それを早く言えっての!やだよ、こんな物騒な所。看板なんて置いたら侵略者が襲ってくるじゃねえか」


「いやいや、余がい―まあ、そうじゃなあー」


「なんだって?何か言いかけたか?」


「い、いーや何も言っておらんのー」


 耳がまたピクついてるぞ、コイツ!

 まだ何か隠してることがあるんじゃないのか!?


「看板は中止だ。シス、外しておいてくれ。こんな力一杯立てられたら抜けん」


「うむ」


 大樹へと戻り、再び分厚いルールブックを読みながら考えに耽る。


 日が暮れ始めたので、夕飯の準備をする。

 そして夕食の席。


「シス、その5カ国について教えてほしいんだが」


「うむ。まずは北にある帝国『クシャー』。この国は好戦的でな。領土拡大を最優先の国益として動いている国家じゃ」


「大昔のヨーロッパみたいじゃねえか…」


「北西にあるのは王国『プーグレ』。国益のためなら戦争も仕方なし、でもできることなら平和がいいよねという国じゃな。南西は平和を愛する民主国家『コチョウ』。南東には商人国家『ネーマ』。ここは商いが盛んじゃ。ちなみにプーグレ、コチョウ、ネーマの3国は和平共闘同盟を結んでおる」


「おお!帝国からの侵攻を抑えているのか」


「そうじゃ。そして最後に北東のならず者国家『ベルーサ』。犯罪国家で戦争や略奪を最も好み、慈悲を知らぬ危険な国じゃな。国民の国境からの出入りは厳しく制限されており、情報統制も熾烈じゃ」


「うわ~…どっかで聞いたことのある国だな。で、この中央地帯はそんな5カ国の戦地となっているわけか」


「人族の醜悪な本能がうずまくスーバラシイ土地じゃな!」


「ぜんっぜん素晴らしくねえよ!どうすんだよーこんな危険な地帯にダンジョンなんてつくって…。その無害な3カ国内に移動できないのか?」


「心配するでない。余は魔界の神にして絶対統制者大魔王シスじゃ。ちゃんと考えておるわい!」


 うわーうさんくせー…。

 もうやだー帰りたい。


「……ちょっと鶏小屋へ行ってくるから待っておれ」


「ん?ああ」


 また鶏小屋か。

 今食ったばかりだってのに、どんだけ鶏肉好きなんだよ。


 あれ…?暗闇から金属音が聞こえてくるぞ。

 その音の方向に振り向くと、俺は一驚した。


「テメエがステキな娯楽施設ってやらの店員か?」


「何もない。騙された。コイツ殺して盗るもの盗って帰りたい」


「ギャハハハ!でもなーんにもなさそう!」


「汚ねえな!清潔感ゼロの野宿地じゃねえか」


 金属鎧に身を固めた2メートルは優に超えるライオン型の獣人。


 ボブの冷たい目をした女。


 子供程度の身長しかない少々ずんぐり系の女。


 トンボのような羽を生やしたブロンドロングヘアーの小さい男。


 おいいいい、なんちゃって大魔王!

 あの看板は撤去したんじゃなかったのかよ!?


「おい!!なにか言えよ!ぶっ殺すぞ!」


 獣人が俺の胸ぐらを掴み、恫喝してきた。


 俺の体は宙に浮いていた。


 あわわわわわ…

 なんなのこの世界!?

 怖すぎ!

 獣人とか初めて見たんだけど!?


「はぁ…何もなさそう。さっさと殺そう」


「まま、待ってください!あります、店ありますから!」


「どこにあるんだよ!焚き火と木の板とかまどしかねえだろうガ!」


「あ、あるんです!おい、大魔王!説明してくれ!」


 俺は鶏小屋の方を振り向く。


 いない!?

 どこいったんだよ、あのポンコツは!


 するといつの間にかシスは侵入者の後方で静かに抱腹絶倒していやがった。


 あのクソアマ!!

 わざと看板そのままにしていやがったのか!!


「ギャハハハ!意味わかんねえことほざいてる、コイツ!」


「殺すか」


 獣人が剣を抜いた。


 やばい漏れそう。


「あ、あります!案内しますので!ついてきてください!」


「めんどくさい」


「いいじゃんいいじゃん。案内して何もなかったら殺っちゃえばいいんだし♪」


 この連中、どんだけ短気なんだよ!


 獣人に下ろされ、ダンジョン扉まで案内する。


「こ、この扉をくぐると、そこからは凄い体験ができるアトラクションとなっているんです」


「アトラクション?なんだそれ?」


「馬鹿にしてる、このクソ。ただの扉が立ってるだけじゃない」


「ほ、本当です!この中は『ダンジョン』という施設に繋がっていて、『モンスター』と呼ばれる生き物を倒すと、自分の力が飛躍的に向上するすごいところなんです!」


「怪しさ満天だな。俺様はこんな不潔な所に入りたくない」


「えーーいいじゃん!ちょっとだけでもやってみようよ!面白そう!」


 よ、よし、その調子で他の仲間を説得していってくれ。


「ふーむ……ま、遊び半分に行ってみるか」


「えっ行くの?絶対何かありそうなんだけど」


「いいじゃねえか。面白くなければ戻ってきてコイツをバラせばいいんだ」


 どっちみち俺殺されるのかな?


「オマエ、どうすればいいんだ?」


「あ、では扉開けますね」


 扉を開けると、石造りでランタンが壁に掛けられた基本的なダンジョン地形に繋がっていた。


「扉が立ってるだけなのに、中に部屋がある…」


「すっごーい!これ、本物だよ!」


「マジか……。テメエ、ここを進んでいけばいいんだよな?」


「は、はい。進んでモンスターを倒していくと、不思議な力を習得できます」


「それが何なのかわからんが、行くか!」


「あ、あの探索料はいただけ―」


「あーーん!?命と金、どっちを選ぶんだ、テメエは!?」


「あ、か、開店記念ですからタダでどうぞどうぞ!」


「殺されないだけ儲けものと思いな、クソ」


 憎しみで人が殺せたら!


「あ、あの、皆様はどこの国の出身で?」


「ベルーサだよ!」


 くそったれ国家じゃねえか!

 柄悪いにも程があるぞ!


「おい、行くぞ!」


「い、行ってらっしゃいませー」


 荒くれ4人衆がダンジョンへと入っていった。


 扉がゴォンと鈍い金属音を立てて閉まる。


「だはぁ~!死ぬかと思ったー!」


「あははははは!!もう最高!!あの慌てよう!あのビビリよう!傑作だったなー!!あはははは!!」


 奴らがダンジョンに消えたと同時にこのド畜生の似非魔王が姿を現した。


「て、てめえ~!わざと看板抜かなかったな!?」


「いやー忘れてた忘れてたー!ご・め・ん・な・さ・い!あはははは!!」


「コイツ!似非大魔王の癖に!!お前には二度と飯は作らねえ!」


「まあまあ、そう怒るでない。それよりもあの集団がどうなっているか見なくていいのかの?ダンジョンルーラーはダンジョンの様子を映像化できる魔法を使えるんじゃぞ?」


「おお、そうか!どうやってやるんだ?」


「集中して『エミール』と唱えればよい」


 エミールと唱えると、目の前の空中にダンジョンの様子が投影された。

 魔法すごい!

 4Kテレビのように鮮やかくっきり映し出されている。

 見たこと無いけど。


「画面サイズの調整やら鮮明度、音量も思いのままじゃ。余も見たいからもう少し大きくしてくれ」


 シスの指南で色々と調整する。


 画面右上にはダンジョンマップが青で半透明に表示されている。


 探索者の位置とダンジョン進行度がひと目でわかる。


「シス、こいつらのステータスとか能力とかは見れないのか?」


「映像内のそいつらをタップしてみろ」


 タップって…。


「おおおお!これだよこれ!ゲームみたいで面白いじゃないか!」


「しかし、ステータスとかよう知っておったな。適当な人選だっ―あっと」


「…おい、今適当な人選とか言わなかったか?」


「言わなかった!」


 どうせそんなこったろうと思ったよ…。


 4人のパラメーターを確認する。


 まずはこの人間の女。

【名前】ツキネ【種族】人族

【LV】1【HP】25/25【MP】0/0

【筋力】3【俊敏】4【器用】3【闘気】0

【魔力】0【精神力】2【第六感】3

【特技】なし


 次はこのちっこい女。

【名前】ウコッカ【種族】ハーフリング族

【LV】1【HP】18/18【MP】0/0

【筋力】2【俊敏】7【器用】5【闘気】0

【魔力】0【精神力】1【第六感】3

【特技】なし


 次は羽の生えたブロンド男。

【名前】カルラス【種族】妖精族

【LV】1【HP】14/14【MP】0/0

【筋力】1【俊敏】5【器用】4【闘気】0

【魔力】0【精神力】3【第六感】2

【特技】なし


 そして最後はライオンの獣人。

【名前】オライン【種族】獣人族

【LV】1【HP】40/40【MP】0/0

【筋力】10【俊敏】1【器用】1【闘気】0

【魔力】0【精神力】1【第六感】1

【特技】なし


 うーん……。


 わかってはいたけど、さすがに底辺数値すぎる。


「能力がやばいくらい低すぎないか?」


「魔法がまだ無い世界なんじゃから当然じゃろ。普通の人族ならその程度じゃ。レベルが上がれば個人差はあるが各ステータスが上がり、ステータスポイントも取得できるから心配無用じゃ」


「そういうもんか」


「他にも色々あるが、今はこいつらの動向を見届けようではないか」


 4人は入口の部屋内に立っていた。


『何もねえな、ここは』


『あっちに扉があるよー?あそこから進むんじゃないの?』


『俺様は戻る。興味がない』


 そう言い、妖精族のカルラスは来た扉を開けようとした。


『あ、あれ!?開かない!おい、この扉開かないぞ!』


 扉はびくともしない。


『ヤロー!はめやがったな!?ぶっ殺してやる!』


『だから言ったでしょ。何かあるって』


 その様子を見ていた俺。


「おいシス、ダンジョンって一度入ったら戻ってこれないのか?」


「そうじゃよ?令司も鬼畜じゃのお。帰還アイテムを持たせずにダンジョンに入れるんじゃからな。あははは!」


「聞いてないぞ、そんなこと」


「尋ねられなかったしの。それにルールブックに書いてあるじゃろ、ほら、ここじゃ」


 しっかりと666ページに書かれていた。


「お前、ここに書かれていること全部理解してたのかよ!」


 なんつう悪魔だ。

 全て知っていて、何も知らない俺に「はい、やれ」とか外道も過ぎる。


「あいつら、どうやって出るんだ?」


「ダンジョンをクリアするか、死ぬしかないな。鬼畜ルーラーここに参上!!」


「コイツ!…死んでも復活するんだよな、確か」


「うむ。この世界で言えば、3日後じゃな」


「多分戻ってきたらあの悪漢達は俺を殺すぞ?何とか撃退する方法はないのか?」


「令司はルーラーなんじゃ。そんな輩はルーラー魔法で対処できる。詳しくは888ページから書いておる」


 あとで読んでおこう。

 初級ダンジョンで死ぬことはないだろうが、クリアするまで時間はかかるだろう。


「ほらほら、連中がようやく進むみたいじゃぞ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る