朴訥なるも雄弁

 人は真理へ近付かんとすればする程に朴訥ぼくとつなる。師は私にそう説いた。師が真理なるものに近付く事は敵わなかったと知るや、あゝこの五年間の長きに渡る日が徒爾とじに終わった。と師の下より去りて、深き森の最奥さいおうよりの道程に植わるけやきの紅葉にひたと目を奪われる。真理とは何処に。と私は思う。


 ぱしき。

 鳴る枝の音により惹起じゃっきする生命の脈々たる流れと息吹いぶきから過去への螺旋へ絡み絡まり、妻を置いて出た家に植わった伊吹いぶきより先、晴天に広がり見える海の飛沫しぶきの響きを揺るがす妻による愛が私を射抜いぬきじくりじくりにぶきを残す。にくきが芽吹めぶき

 ぱしき。


 真理とは何処に。と私は思う。

 欅の紅葉はくれないのみにあらず。それもまた真理と知るも、語るに足らず。真理とは傍に寄り添い語るに足らぬもの。と真理に一歩近付くとそれはひらりと身をひるがえし、されどまたひらりと身を翻す。付かず離れず、離れず付かず。朴訥なるには精進足らぬと、またそれも真理なり。

 欅より一歩。

 さかしぎう。

 また一歩。

 さかしぎう。

 深き森は生命を承知しつつも、いまだ朴訥なれぬと知るや、人に生まれた事実を無念と胸に押し付け、また一歩。

 私を嘲笑うように、私が未熟と知らしめるは殊更に、あまつさ烏滸おこがましく。否、森は朴訥なるも雄弁、故に鳴るのやも知れぬ。

 さかしぎう。と。

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