賽の河原で

 こっここっこという音は、どこから鳴っているのか。河原にねころぶ、不揃い不格好な石を、こつかんこつかんと鳴らし歩きつつ周囲を見ようにも、誰もなし何もなし。

 こっここっこ。

 二つの川の交わり眺め、とつかとつかと歩む。

 桜の木の下にある腰掛けにおる老婆が「もし」とゐうので振り返り確かめるも誰もなく、「俺か」と問うと老婆は「誰でもええ」と、遠い目のまま二つの川の交わり指差す。

「賀茂川と桂川の交わるところ、佐比さいの河原ゐうてな。佐比はさいでもあるんじゃて。賽は知っとってか?」

 はてと考え「賽の河原か?」俺がゐうと、遠い目ぐりんと動かし、差した指つつと上げ下げ、「話がはよおてええ」と老婆は、ひっひと唇引き攣り引き攣り笑ってみせる。

「子どもがの、あすこで櫓こさえよるんや。拵え拵えしよっても、鬼が崩してどれだけ経っても終わらんのやけど」

 なにが可笑しいか分からぬ儘、「櫓やなし、塔やろう」と文句つけるが、老婆「はて」と曖昧さ残し、差した指すすと腿に置く。

 こっここっこ。

 老婆が喋るの聞いては、こっここっこと鳴る音の所在は石の音ではなかろうかと、ケアン探すも見えるは日向ぼっこの石のみかてうんざり。

「櫓も塔もありゃせんわ」

「見るもんやない。見んと見ろ」

 矛盾かいくぐる理由なしと判断しては、ここに残る意味もなし。俺は再度こつかんこつかんこつかんこーんと石踏み石蹴り川を下へ。振り向けば老婆いまだ腰掛け、桜の木見上げれば、早春の風すわと抜ける。


 こっここっこと鳴る音、耳にねばり引き連れたまま「なして櫓拵えよるんやなんてゐう」と老婆問い詰めるも「優しい子やったんじゃ」と会話成り立たぬ。俺は川の交わりめがけ手に持つ石、しゅうと空に弧をひく。

 桜の木の下にある腰掛けで怯みつつも立ち上がり「ならんならん」とゐう老婆に、「なにがならんのや」と若輩ながら息巻くものの、こことこんここんことんこ、鳴る今までと違う、面妖な様子にしばし耳をすます。

 こことこんここんことんこ。

 賀茂川と桂川の交わりより、ささやく音はひどく忙しい。ぎゅむと心を鷲掴むひやりとした小波すら起こさぬ風は、俺の口より内部へ、しうるりとながれ奥へ。

「罰当たりじゃ」

 賀茂川と桂川の交わりへ老婆、震える息も絶え絶え合掌。分からぬ儘、「佐比とか賽とはなんや」と老婆にゐうも老婆は答えず、ただただ合掌し続ける。しばらくすると老婆口開くも吐く言葉はまた珍妙。

「見えんやもしれんが、賽におるのは子や鬼だけやのうて、クナドの神がおってなんじゃ。きさまはそこに石ほうった」

 老婆は昨日と違う焦点あわせた目で俺を刺さんとするが、俺も引くに引けぬと目に目をあわす。ふと映る老婆の目の中に一人の子ども。魚籠びくを携えるも中は何もなし。只管ひたすらに石を積む姿に、「よもやここが賽の河原か」眉間を汗がそろりと、進む先は鼻でなく石。石に落ちた汗は音などせぬが、子どもが見る。ケアンのことなど忘れ一目散にこちらへ。魚籠の中に手を入れさっと仕舞う小さな石。目に泪浮かべ「やっと気付きよったか。櫓拵えとる暇があるなら、ちらとでも見んか」と笑む老婆は淋しさの衣を羽織る。

 目に映る鬼と子ども。

 そして一体の地蔵。

「なんやこれは、あんた何者なにもんや」

「何者でもえ。ただ船頭の真似事しとるだけじゃ」

 目を逸らす老婆の目に映る景色の奇っ怪さに気を取られる間に迫る音。こことこんここんことんこ。まさかまさかと感じて分かる、「これはケアン崩しよる音か」それで心休まるわけでもなしに、ただゐわずにおれぬが人情。怖い怖いとなくのも人情。

 左手に見える魚籠と石。右手に見える棒と鬼。

 こっここっこ。

「次はきさまじゃ」


 早春の風すわと抜け、桜の木の下にある腰掛けにおる老婆が一人。賀茂川と桂川のえだみちで俺は一人、魚籠を携え櫓積む。

 こっここっこ。

 こことこんここんことんこ。

 こっここっこ。

 こことこんここんことんこ。

 こっここっこ。

 こことこんここんことんこ。

 いつに終わる?

 くなどの神は小波すら起こさん。

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