再度元町

元町にいる。大阪の高井田で昼から飲み会に参加して、一次会が終わる頃に用事があるからと離脱したのが一時間前。おおさか東線で放出まで出て、普通西明石行きに乗り込んで、元町にいる。


飲み屋を出てすぐにiphoneで音楽を流した。Ed Sheeranの掠れた声と哀愁の中に芯を含んだアコースティックの音が混ざる。少し背伸びしながら歩けば、ご立派な社会人に見える見栄っ張りな僕が出来上がる。周囲の音を遮断するイヤホンを強く強く耳に押し込んで、車の音も人の声も、鳥も、風も、音という音を、Ed Sheeranに絞り込んだ。

良くしてもらっていた先輩や上司が立て続けに一日付で部署を離れた。栄転、といえば栄転。後を追っていかなければならないのも確かで、けれど足踏みしたままの僕を肯定しているのも確かだ。見据えた未来もあやふやなままで、焦りすらない自分に焦る。ということもない。けれど何かやるせない気持ちがあって、そして、やはり確かな確信があって、元町にいる。


この前きたのはいつだったか、もう忘れてしまった。けれどあの日見た男性と、その男性のいたビルの外観だけは覚えていて、似た建物の多い旧居留地に向けて駅を出る。ひたすら歩いて、角という角を見上げた。確かにけれどぼんやりと覚えているのは銀行の名前と角の丸い建物。それだけを目指してひたすら歩く。土地勘のない、たかが数回来ただけの元町のほんの小さな一角だけれど、探し当てるのに一時間もかからなかった。

その男性が立っていたビルとビルの間はきちんとした喫煙所のようで、ぎりぎり元町の禁煙エリアから抜け出た隙間に灰皿もなくバケツに水を溜めただけのものがあるだけだった。理想化していたわけではなかった。チャコールグレーのスーツコートの似合うあの人はこの灰皿がわりのバケツに煙草の吸殻を捨てるんだろう。漫画やドラマなら内ポケットから高価そうな携帯用灰皿でも出しそうな元町のあの人は、ただの銀行マンだった。


少し可笑しくなって、そのままそのビルを離れて港の方へと歩き出した。愛用のNikonは仕事帰りの今、持っていない。iphoneを取り出してメリケンパーク前の歩道橋の階段を上がる。真下を無数の車が赤や黄色のライトを灯して走る。平日19時の海岸通りは規則正しい流れが心地いい。信号は赤から青に、青から黄色に変わる。進行と停止を繰り返す。まるで呼吸しているように見える。青深く落ちる闇に、鼓動のような点滅がはえる。


美しく町は生きる。


この町に住むことはないし、この町で働くこともないだろう。けれど、真っ直ぐに家に帰りたくない仕事終わりがあったり、他人の愚痴しか溢れない飲み会があったり、友人の身勝手さが許せない自分の小ささが許せなかったり、人生は上手くいかない癖に微笑んでくることに期待していたり、なりたい自分には程遠いけれどなれない自分を肯定してしまったり、愛情の振れ幅に悩んだりしたら、きっとこの町にまた来る。そうしてまた、元町にいる。その一言から始まる文章をだらだらと書くんだろう。

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