靴
革靴を修理に出した。仕事用に使っていたもので、かかとが磨り減って、ゴムははげて、底はかなりがたがたになっていたし、側面は擦り傷だらけだった。もう使い物にならないと玄関の隅に追いやって別の革靴を買ってしまってからずっと忘れていたものだ。
初めて、高校を卒業してスーツを買った。その時に一緒に買った革靴だったからか、思い入れ、というほどのものではないけれど捨てられずに置いていた。
昨日、20歳の誕生日を迎えた。夜勤明けで、眠たい目をこすりながら新入社員の挨拶を聞いて、そのまま自分へのプレゼントとしてスーツショップに行って新しい白いシャツやネクタイを買った。その時にふと玄関に置いたまんまの革靴を思い出して、この靴を修理に出そうと思ったのだ。かなりボロボロになっていたから、正直、新しいのを買った方がいいと言われると思った。
家に帰って靴だけ持って、スーツのまま、また駅に戻って、西口を出てすぐの靴の修繕屋に行った。「これ、直りますか?」と差し出すと、五十代くらいの白いシャツに黒のベストを着た白髪まじりの男性が「直りますよ。」と、にこりと笑った。
「直してもらいたいです。」
「ただ、直りますが、履き心地は以前よりかなり変わると思います。底ごと、変えますので。」
そう言った男性の声が、少し沈むように言うので「買った方がいいですか。」と聞いた。
男性は暫く黙り込んで、またにこりと笑った。目尻の皺が細く線を引いてとても優しい雰囲気を出す。
「それはお客様次第です。値段を聞いて判断していただいても構いませんよ。」
少し考え込んだ後、男性は控えめにそう言った。
「でも、何度も修理して履き続けられる靴は幸せですね。」
今度はゆっくりと、けれどはっきり意思のある声で僕の目を見つめた。
「なら、直してください。」
そう言った僕に男性は「ありがとう」と頭を下げた。
一時間後、引き取りに行って渡された方は磨かれてツヤツヤしていた。靴底は新しいゴムの感触がして跳ねるように前に進んだ。言うまでもなく、以前よりも履き心地が良かった。「ありがとうございます」と伝えると男性はまた、にこりと笑った。
この靴はきっと自分にとって大事なものになる。靴を修理した20歳の自分もいい思い出になる。細かなところに、細かくお金を使う。必要なことに必要な分だけお金を使う。
そういう生き方をしたい。
ものに対して、「幸せですね」と言える人間になりたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます