忘冬

別れの冬が終わって、出会いの春が来る。

近所のイオンの二階には真っ赤なランドセルが並び、友人は東京に行った。不動産屋は残り少ない空き家に力を入れて、電車のつり革には就活セミナーの案内がかかる。桜ノ宮や、大阪城公園、寝屋川の土手の桜の木はもう開花を迎えた。立春は先週に終えてしまって、後は季節が、気温が、景色が、暦に追いつくだけだった。

大阪の冬は、僕に何も残さなかった。夏のように、売れ残ったかき氷のシロップが店頭に並ぶこともなければ、残暑もないし。青春の残り香のような薄いシーブリーズの匂いもない。

雪を残すわけでもなく、高い空を残すでもなく、数日の雨の後、目が覚めた時には曇り空は晴天に変わって、何も残さずに不意に消えていった。

別れの冬は、思い出なんて唐突に消し去って、春へと僕らを歩かせる。

振り返ることすら出来ない。目の前の光の中に吸い込まれて、あとはもう、進むだけだと促す。

凍てつく寒さからの開放感か、僕は好んで振り向いたりしないし、生温く、甘く、ゆったりとした時間の流れに溺れて行く。



もう二度と、この季節を愛せないように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る