正解
会社からの帰宅。電車の吊り広告。転職会社の文句を見て納得してしまった時に、ああサラリーマンなんだなと思った。だからと言って転職しようと思わなければいざという時のそんな勇気もない。サラリーマン、という言葉が頭の中をぐるぐると回って、明日もサラリーマンで、明後日もサラリーマンで、その次の日もそのまた次の日も、これからきっと何十年、僕はサラリーマンで居続けるんだろう。そう思うと少し安心して、だけど少し切ない。
先日、高校の時に付き合っていた恋人からLineがきた。その人とは一年くらい会っていなかったし、別れたのは高校三年の冬で、もう随分懐かしい気がした。
4月から、
沖縄に移住しようと思う。
それだけ、
言いたくて。
四つ分けられたメッセージだった。
付き合っていた頃からまとめられる文章をやたらと分けて送ってくるのが癖で、「通知が多くて煩いんだ。」という僕に「だからいいんだよ。」と言って笑っていた。
どうして沖縄に、という言葉は飲み込んで打たなかった。医大に行った彼女が昨年の丸一年間、大学を休学していたのは共通の友人を通して知っていたし、その大学が4月から始まると言うのに、また一年休んで沖縄だという。そんな人に、何故、と言う言葉は意味を持たない気がした。きっと、答えが返ってきても僕には理解できない。
電話、
していい?
僕が何も返事をしないでいると続けて送られてきた。と、同時にiPhoneが振動して、着信を伝える。
電話に出て、結局1時間も話していた。聞くのをやめた沖縄へ行く理由をその人はゆっくりと話し始めたけれど、やっぱり僕に、それは意味を持たなかった。
そういえば別れることになった一番最初の喧嘩は僕が就職することを黙って決めていて、僕の高校では僕一人しかいなくて、その人にはそれが理解できなかったからだった。僕らは一番大事な未来の話で、お互いに全く理解できない方向を向いていたみたいで。
「自分勝手だとは思ってるんだ。親の金で大学に行って、親の金で沖縄に行く。だけど、もっと多くのものを見てみたいし感じたい。このまま医大を卒業して、医者になって、社会に出て、それって意味がないんじゃないかと思っちゃったんだ。」
「皆がそうやって生きてたら、皆が生きれない世の中になるけれど。」
「わかってる。言ってることが甘えだって分かってる。けど、やっちゃいけない理由もないだろう。」
これが、僕とその恋人との最後のやりとりだった。そうだね、それじゃあ、元気でね。僕はそう言って、その人は何も言わなかった。その人は多分、僕に、そういう生き方もいいね、と言って欲しかったんだと思う。だけど僕にはどういう生き方が正しいかなんてわからないし、少なくとも僕は僕の生きている、そしてその人の言う「大学を出てサラリーマンになる」という生き方が不自由とも、オリジナリティがないとも、皆と同じとも思わない。その人の「やりたいことをやりたいと思った時に出来る」生き方を否定するつもりもない。結局のところ、自分がどちらが正しいと思って進むかだ。僕は僕の思う正しい方を進んだ、その人は、正しい方を進んだとは言わなかった。「やっちゃいけない理由がない」と言ったんだ。だから僕に話すことはなかった。僕は人生の選択を、僕が正しいと思った方に選んで行く。だから、大学にいかなかったことも、今の会社をえらんだことも、あの頃の僕の一番の正しい解答だった。やっちゃいけない理由がないなんて理由で、人生の選択を僕は出来なかった。その人と僕は、そこが徹底的に違ったんだ。
だから僕ら、うまく行くはずはなかった。
何十年後かに、君があの時の選択は正しかったって言うなら、僕があの時君が言ったやっちゃいけない理由がないってこと、理解できたよって言えたなら、僕らはやっと、久しぶりだなって言える。
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