未練

抜け出せない、と思うものにこれまで何度も出会ってきた。その中毒性や拘りや愛情や執着を、僕は恐怖と呼んだ。絵を描くこと、身体を鍛えること、映画を見ること、歌を歌うこと、それらが趣味と呼べるのは好きな時に好きな事をしていられるうちだけだろう。絵を描いていたら、母親を裏切り続けていることに気付かなかったし、身体を鍛えていたら、友人を傷付けた。映画も歌も、趣味だったものを続けた代償は僕が今手に入れているもの以上の何かを失う結果になった。漠然とした数値化出来ないものに気を病んでいる暇はなくとも、現状を美化できない僕には、そういった、都合のいい妄想が必要なのだ。


煙草は吸わない。酒も飲まない。パチンコも、競馬も、競艇も、麻雀もしない。どれも、抜け出せないと分かっているから。やめられないものを始める勇気を僕はだせないでいる。今後の失うものを、どうしたって失うとしても、どうにか掴んでおきたいと思っている。


好きなものは、抜け出せない恐怖を一番感じるものだ。本も、500mlの綾鷹も、そして、好きな人も。一度誰かを好きになってしまえば、それが僕の最大の弱さになる。だから僕はどうしても誰かに好きを伝えることができないし、恐怖を事前に防いで、予防線を張ってしまう。僕のような人間が愛されるわけがなく、僕のような人間が誰かを愛せるわけもない。

けれど、人間は好きだ。人恋しさも好きだ。学生の頃の友達と思い出話をすることも、あの時言えなかったんだけど、と切り出される話が本当にあの時聞かなくて良かったものだったことも、約束の時間まで誰かを待つことも、メールじゃなく電話をしたくなる瞬間も、一人の夜に思い出す人のことも、僕は好きだ。それら全てが切なくて、悲しくて、寂しくて、焦がれて、だけどそれを口に出来ないから、暇してる?と聞けなくて、会いたい、と言えなくて、黙って、誰かにどうしたの?といって欲しくて、返信がないラインを開けなくて、全部が愛しくて愛しくて愛しくて、だから僕は一生この沼からは抜け出せない。人間の中に溺れているしかない。器用に泳ぐこともできない。いくら怖くても、知らずに誰かを傷つけて、裏切って、手放して、後戻りは出来なくても、抜け出せない。それは恐怖だ。恐怖を感じる僕の人間らしさだ。


まだ、好きな人に好きとは言えない。好きなのかどうかもわからない。惰性で続けていたものが、本当はとても大切なものだとわかるのは失ってからだという。失ってから気付くのが、遅いと感じることもある。気づけただけで良いだろう、なんて言葉で片付けられるのならこんなに苦しい思いをしなくても済んだのに、と思うこともある。好きだったんだと、いつも思う。だけど今はそれで良い。どうせ、この沼からは抜け出せない。抜け出せないまま、その間をすり抜けて離れて、消えて、失っていく沢山の数値化出来ないものたちを僕は妄想する。それは、この世界への未練だ。だから良い、このままでいい。明日になればどこかで何かが消えているかもしれないけれど、ツイッターのフォロワーが一人減ったことに気付いたところで、誰かはわからないし、探さないように、けれどたしかにそっとそれは僕の未練として零れ落ちるのだ。

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