夢中
「才能があるくせに、その才能を活用しようとしない奴が一番嫌いだ」と学生の時に友人が言ったことがあった。その時僕はイヤホンを両耳につけてiphoneで日食なつこのスペクタクルを聞いていた。跳ねるようなピアノに透明感と重量感、重なるはずのない2つを持つ彼女の声が確実に僕の心臓を突き刺す歌詞を歌い上げるのが今も昔も大好きで、逃げるように何処かへ行きたくなる衝動を辛うじて抑えていられるのは彼女のお陰だった。
この友人は、僕に対してそう言ったのではなく彼の所属する部活で練習をサボる彼と同い年の仲間に向けられた言葉らしかった。かなり一方的で、尚且つ身勝手で、他人を決めつけてはその裁量を推し量り、またその活用まで決めつける中々な考えだとは思ったが、特になにも返さなかったし、僕は彼が好きだった。彼は賢いから、きっと自分の身勝手さこそ自分自身が一番よく分かっているんだろうし、だからその仲間へ直接言わずに僕の前で零してしまった隠しておかなければならない本音だったんだろうから、それを僕が「今のはおかしいよ」なんてわかりきったこと言わなくても良かった。
教室だろうが廊下だろうがどこまでも僕らの世界が蒸し暑く感じる夏のことで、彼が一番愛する季節のことだった。
まだ未熟な僕たちが、僕たち自身のこともなに1つわからないまま他人の事ばかり考えることの出来る余裕を持っていた頃だった。
蝉の声しか聞こえなくなって、態とらしく立ち上がり「練習してくる」と言った彼の後ろ姿が眩しくて、僕には到底真似できなくて、iphoneの音楽を消して、抑えていた衝動のまま僕は学校から自転車をひたすら漕いだ。
どれだけ進もうが何処かへの行き方すら知らなかった。
もうその友人とは連絡も取っていないし、顔を思い出せない。坊主頭だけはぼんやりと浮かぶ程度だ。今あったってなにも話すことはないけれど、実際あの頃もなにも話すことはなかった。
僕はまだ日食なつこを聞いている。
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