2.14

昼前に仕事が終わった。2月14日の駅前。

正面、京阪モールの一階はGODIVAから始まり様々なチョコレートの特設販売が行われていて、恋する顔をした女性が我先にと並んではお洒落な箱を手に取っていた。僕は場違いな空気を感じつつも端の方から特設会場に潜り込んでは息を潜めて手についたGODIVAの箱をとる。甘いものは食べないので味もわからない。美味しいものは高い、高いものは美味しい。3ついり、2000円程の黒い箱を買った。送る相手は一人しか居なかった。


田舎の一人住み用のマンション、二階まで階段を登って一番角の部屋のチャイムを鳴らす。出てきた母親は相変わらず草臥れて、僕の姿を見て尚一層嫌そうな顔をした。


この人との関係は、僕自身のすべてのきっかけになっている。それは僕の甘さであり、僕の厳しさであり、僕の孤独であり、僕の感性。扉を開いてチョコレートを渡して少し話す。玄関から先へは行かない。僕たちの関係はそれ以上進むことができない。僕がお土産を渡すのも、プレゼントを渡すのも、この人しかいないのに。ひとしきり、仕事のことや友達のこと、これまで、これからのことを伝える。僕の一方的なお喋りとして、空気を揺らしたはずの言葉はこの人の感情をそう大きくは動かせない。「じゃあまた。」そう言って数十分前に開いたばかりの扉をもう一度開く。冷たい風が部屋に入る前に静かに扉を閉めて僕はマンションを後にした。


iphoneを見るとLINEが数件。バレンタイン当日まで彼氏と喧嘩をしていた友人からだった。今日会う約束をしていたのに、昨日以降彼氏から連絡が来ず、時間も場所も決まっていないらしい。料理が好きな彼女が、彼氏にだけ手作りのチョコレートを作らなかったそうで、どうしてか聞くと「連絡も返さない男に作る料理がないし、怒りながら作ったチョコレートが美味しいはずがない」という素敵な答えが返ってきた。「それはそうだね」と返事を返すと「でも気付いたら凄く高いベルギーのチョコレートを買ってしまった」とメッセージが届いた。続けて、「誤解しないで。これは決意の表れ。今から怒鳴り込む決意が形になったの。」だと言う。


女性は強い。普段は恥じらいや気後れが彼女たちの邪魔をしているが、僕たちよりも遥かに強く、美しい。そして、僕たちが想像すらしていない力で彼女達は密かにこの世界の形を変えている。

無関心そうに見える母親が、僕の仕事に関係するパンフレットを持っていることも、怒る彼女が高いチョコレートをプレゼントすることも。


バレンタインはそんな彼女たちにそっと微笑む。


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