手順39 挑発しましょう

「お、ナオミちゃんお疲れ~」

「大丈夫だったか? 尚」

「うおっ、なんかかなりやつれてるな……大丈夫か?」


 図書室に行けば、入谷先輩、岡崎先輩、大林先輩がボクを迎えてくれた。

 寺園先輩は料理研究部の活動中だろう。

 伊田先輩、清水先輩、長谷川先輩は今日つづらを家まで送る日なので先に下校している。


 本当だったらボクもその中に混じってつづらと一緒に下校したかったけど、そのつづらに手を出そうとする不届き者を排除するためなので仕方ない。


 というか、男のボクに対してもあの調子なんだから、もしつづらが嫌がらせの事を飯田橋先生に相談していたら……と考えると虫唾が走る。


「大丈夫ですが、色々ありまして……情報共有のために、さっきまで何があったのか、文章にまとめてライングループに投稿しますね」


 ボクは先輩達にそう説明し、ポチポチとスマホでさっきまでの事を文章に起こして投稿した。

 自分でもまだ怒りや気持ち悪さで興奮していて、感情的で読みにくくまとまりのない長文だったけど、先輩達は黙って最後まで全部読んでくれているようだった。


「方向としては徹底的に潰すってことでいいんだよな?」

「これはもう色々アウトだよね~」

「尚、頑張ったな……」


 先輩達はかなりボクに同情的だったので、更にここは先輩達の飯田橋先生への憎しみを煽っておこう。

「はい、でもそれ以上にもし姉が同じ目に遭っていたらと思うと……姉は結構抜けている所や人が良過ぎるところがあるので……」


「…………」

「…………」

「…………」


 ボクがそう話せば、先輩達は黙り込む。

 そう、男のボクでさえこれなんだから、もしそれがつづらだったらと考えると、想像しただけでゾッとする。


「……なので、今は木曜日が楽しみです」

 思った以上にその場の空気が重くなってしまったので、ボクはできるだけ明るく先輩達に声をかける。


「そうか、ナオミちゃんは強いな」

「今のところ準備も順調だし、顧問の先生へ話も通してあるし、ナオミはこっちの事は気にしないでいいぜ」

「当日は俺も参加するから、杏奈が忙しくて手を離せなくてもいつでも対応できるようにはしておく」


 先輩達も口々にボクを励ましてくれた。

 いつの間にか入谷先輩のナオミ呼びが大林先輩にもうつっている。

 まあ、別に今更この人達に性別がバレたところで特に問題はないし、まあいいか。

 今から木曜日が楽しみだ。




 そうしてむかえた木曜日、ボクは朝から上機嫌だった。

 今日であの飯田橋先生を社会的に抹殺できるというのもあるけれど、それ以上にあの返答に困る内容ばかりの癖に反応を返さないとすぐヘソを曲げる長文DMから解放されるんだと思うととても晴れやかな気持ちだ。


 放課後、まだ人がまばらな廊下を通ってボクが写真部の部室に行けば、ニコニコと人のいい笑みを浮かべて飯田橋先生が教室に入ってすぐ目に入る位置の机に座って待っていた。


「やあ、待っていたよ尚。先生、あれから色々考えたんだけど、今日は尚にこれを着て欲しいんだ」

 そう言って飯田橋先生はボクに茶色い紙袋を渡してくる。


 なんだろうと思って中を開けてみれば、そこに入っていたのは女物の下着だった。

 レースの縁取りがされていて、パンツの両端をリボンで留めるタイプの白いパンツと全体的に透け感のあるレースがあしらわれた、丈が短めのスリップだ。


「これを着た後、上からいつものそのスカートと、上はこのワイシャツとリボンをつけてくれ。このまま着替えるのは恥ずかしいだろうから、あのついたての奥で着替えるといい。先生は終わるまで待ってるから」

 そう言って飯田橋先生はボクに白いワイシャツと赤いリボンも渡してきた。

 何か強いこだわりがあるのだろう。


 まだ表にもそんなに人が集まっていないし、時間稼ぎにはちょうどいい

「わかりました。着替えてきますね」

「ああ、楽しみにしているよ」


 飯田橋先生は笑顔でボクに言う。

 そして、視線を下に降ろしてみれば、そこには随分と元気に存在を主張している膨らみがあった。


 それにしても、一昨日、密室に二人きりになった途端襲ってきた飯田橋先生にしては妙に紳士的だなとボクは首を傾げる。

 飯田橋先生なら、目の前で着替えろとか言いそうなものなのに。


 そう思いながらついたての奥へと回り、すぐ横の机に飯田橋先生から受け取った着替えを置いた時、ふと気になってボクは何気ない風を装って辺りを見回してみる。

 すると、ついたての一部に妙に大きな穴があることに気づいた。


 ついたてにはいくつかの画鋲が刺さっていたりその穴も残っているので、飯田橋先生が盗撮をするような人間だと知ってないとまず見過ごしてしまうような穴だ。

 だから、その為に敢えてここで着替えさせたかったんだろうな、とボクは妙に納得する。


 もしかしたらこの穴は本当にただの穴かもしれないけど、他の場所にカメラが仕掛けられている可能性もある。

 飯田橋先生としては、どうせこの後散々ボクにいやらしい事をしながらその写真を撮るつもりなのだろうけど、それとは別にボクの着替えも撮影したいらしい。


 まあ、他人の着替えを許可なく撮影するのは普通に罪になるので、むしろ飯田橋先生の罪状を上乗せできてボク的には万々歳なのだけど。


 とりあえず、パンツはスカートを履いたまま着替えるとしよう。

 上は……まあ見えてもいいか。


 それからボクはできるだけゆっくりと飯田橋先生に渡された服に着替えていく。

 ワイシャツは女物を買ってきたようで、前の合わせが逆なので着るのに違和感があった上に、肩周りがちょっときつい。


 そして、左右をリボンで結ぶタイプのパンツは思った以上にはきにくかった。

 最終的に穿いてから左右のリボンを結ぶのは諦めて、両方のリボンを軽く結んで穿いた後左右のリボンを片方ずつ結び直して調節する事でなんとかなった。


「尚、もうできたかい?」

 衣装に違和感があって少し身体を動かしていたら、奥から飯田橋先生の声がした。

 ……耳を澄ませてみても、まだ料理研究部の方はまだ賑わってないみたいだけど、そんなにすぐ剥かれたりはしないだろうとボクは飯田橋先生に姿を現す。


「ああ、いい……すごく可愛いよ尚」

 上から下までねっとりとなめ回すように見ながら飯田橋先生は言う。

 どうしよう、今の時点で十分気持ち悪い。


「さあ、早速撮影を始めよう、尚」

 飯田橋先生はそう言うと、棒立ちのままのボクを一枚撮ってから教室の机へ腰掛けるように指示した。


「いいよ……可愛いよ尚……でもやっぱりまだ表情が硬いな、先生がその緊張をほぐしてあげよう」

 そう言って飯田橋先生はさっき付けたばかりのリボンを外し、ワイシャツのボタンを上から一つずつ外し始める。

「えっ、も、もうですか?」

 思った以上に早い展開にボクは焦る。


「尚、これは芸術なんだよ……」

 いや、お前の趣味だろ。


「大丈夫、君は可愛い、ほら、見てくれ」

 そう言って飯田橋先生はズボンとパンツを一気に脱いでいきり立った下半身を露出させる。

「さあ、尚のもじっくりと見せてくれ」

 言いながら飯田橋先生はスカートの中へと手をのばす。


 まずい。

 咄嗟にボクは足を閉じるけど、飯田橋先生が力を入れてこじ開けようとしてくる。


「あ、あのっ! ボク、そういうの、いきなりは嫌です……」

 上目遣いで、できるだけ可愛くボクは言ってみる。

 何を言っているんだボクは。


「ああ、すまない、怯えさせてしまったかな、こういうところも女の子みたいだね、じゃあ尚はどうしてほしい?」

 でも、飯田橋先生的には今のはアリだったようで、股をこじ開けようとしていた力を緩める。

 まあ、口では一旦引くような事を言っているけれど、飯田橋先生の手は相変わらずボクの太ももを撫でてくるのだけれど。


「えっと、じゃあ……」

 考えろ、どうしたら外に飛び出した時に一番インパクトのある絵面になるか。


 今、部室の外ではケーキ屋を営む大林先輩の実家が発注ミスで抱えた大量の牛乳の在庫を消費するという建前で、料理研究部が大量のプリンを作って訪れた生徒に振る舞うという催し物が行われている。

 だんだんと外から人の声もざわざわと聞こえてきた。


 どうせなら一目でボクが飯田橋先生に乱暴されていると伝わる構図が望ましい。

 ……なら。


「もうちょっと痩せて、体臭のケアをしてから出直してきてくだざい」

「……は?」

 笑顔でボクが言い切れば、飯田橋先生が固まった。

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