手順38 危機を切り抜けましょう
なにはともあれ、このままだと色々と身の危険を感じるので、なんとかここは宥めすかして続きは木曜日という事にしたい。
「ボク、美しいより可愛いがいいです」
「ああ、もちろん可愛いよ尚!」
やんわりと先生の手をどけて密着したまま振り向いて僕が言えば、ほぼノータイムで飯田橋先生が返してくる。
目がぎょろぎょろしてて食いつき方がすごい。
「ボクはそんなついでみたいな可愛いは欲しくありません」
「すまない尚、でも君は本当に美しいし、同時に可愛いよ、ただ先生の語彙だと可愛いという単語がすぐに出てこなかっただけなんだ」
咄嗟に全く理論も通らない無茶苦茶な理由しか浮かばなかったけれど、飯田橋先生はボクの両手を手を逃がすまいとがっしり握ってボクに謝ってくる。
というか、単純にさっさと機嫌を直させて事に及びたいだけなんだろうけど……。
「……もういいです、今日は帰ります」
「待ってくれ尚、でも先生にとっては可愛いよりも美しいの方が自分の心を揺さぶるり、昂ぶらせるものを形容する最上級の言葉なんだよ」
なに言ってんだこいつ……。
ボクがにっこり笑って手を振りほどこうとしたら、更に強くつかまれる。
……まずいな、どうやって抜け出そう。
戸を足で開けて大声をあげれば、きっとすぐに寺園先輩が飛んできてくれるだろう。
だけど、未遂だし、二人共服着てるし、言い訳しようと思えばいくらでも出来そうな状況だし、一度声を上げてしまえば状況的にもう今後同じチャンスは巡ってこない。
「大丈夫、先生が尚の美しさを教えてあげよう」
耳元で飯田橋先生が囁くように言う。
言い回しがいちいち気持ち悪い。
「……なら、姉とボク、先生にとってはどっちが美しいですか?」
不安そうな顔をしてボクは先生の顔を見上げる。
こうなったら、つづらとボクを比べさせて、先生が迷った所で即答以外の答えは要らないと怒ったフリをして帰ろう。
後で謝ってきたところで自分も悪かったと謝れば……。
「確かに君のお姉さんはとても美しい、でも、ボクは尚からそれ以上の美しさが生まれる予感がしているんだ」
「予感……?」
しかし、飯田橋先生は妙にまっすぐな目でほとんど間を空けずになんだかよくわからない返事をしてきた。
「ああ、尚ならもっと先生に美しいものを見せてくれると信じているよ」
そう言って飯田橋先生は左手でボクの右手を掴んだまま、右手をボクのスカートの中へと滑り込ませる。
「えっ、ちょっ! この下は男物の下着ですよ? 前にも言ったでしょう?」
慌てて飯田橋先生の右手を掴めば、案外あっさり右手の動きは止まる。
スカートの中から手をどかす気配はないけれど。
「確かにそれはいささか無粋だね、なら脱げばいい」
「えっ」
そう言って飯田橋先生はボクの下着のウエスト部分に指を引っ掛けてくる。
慌ててボクがまた手を掴めば、また飯田橋先生の手は止まる。
……こいつ、最初からボクの力じゃかなわないと思って遊んでやがる。
それはとても屈辱的だけど、同時にそう思って相手が油断しているからこそこうやって対話する余裕が出来るというのもなんだか皮肉だ。
「尚は背も低くて身体も細くて、どこから見ても女の子みたいだね、この女の子みたいな服の下には、一体どんな美しい身体が包まれているのかな? 先生はそれを確かめたいんだ」
「ま、待ってください……!」
ボクの下着に指を引っ掛けた手を下そうとする飯田橋先生の右手を、なんとかボクはおし留める。
まずい、今のままだと非常にまずい。
どうにかこの場を切り抜ける策はないか!?
「……ボクの身体見たら、きっと先生がっかりします」
少し悲しそうにボクは俯く。
下着を下したところでそこにあるのはお前の股にぶら下がってるのと同じものだぞ!?
目を覚ませ!!
という思いをこめる。
「そんな事ない、ほら尚、触ってみてくれ」
しかし、なぜか飯田橋先生は優しげな顔で首を横に振ると、ボクのスカートの中につっこんでいる右手はそのままに、ボクの右手を掴んでいる左手をそっと下に下す。
おい、まさか……。
そして、予想通りボクの右手は飯田橋先生の左手によって彼の股間の膨らみへと誘導される。
「え……」
思ったよりもものすごく元気に存在を主張していてボクはドン引く。
「大丈夫、尚は十分先生を昂ぶらせているよ」
耳元で飯田橋先生が言うけれど、何も大丈夫じゃない。
何が大丈夫なのか。
でも、ここで相手の言い分を否定して逃げると全てが終わってしまうので、ここはあえて飯田橋先生の話に乗りつつ次回への期待を持たせつつ逃げたい。
「先生、どんなに可愛い格好したってボクの身体は男です。脱げば脱ぐほどただの男の身体で、きっと先生の言う美しいとはかけ離れてます。見たらきっとその気持ちは萎えますし、そうなったらボクは悲しいです……」
上目遣いで悲しそうな顔をした後、ボクは切なそうな顔で視線を逸らす。
「…………」
「…………」
その場をしばらく沈黙が支配する。
どうだ?
いけるか……!?
「わかった。尚、先生に一日くれ」
飯田橋先生はボクから手をどけると、一歩後ろに下がった。
「明日、またここに来て欲しい。先生が尚の美しさを証明してみせる!」
妙に目が血走って前のめりになりながら飯田橋先生がいう。
「あ、あの、明日は外せない用事があるので、明後日なら……」
「じゃあ明後日また来てくれ」
よかった。
どうやら今日はこれでお開きになりそうだ。
「わかりました……でもボク、先生にがっかりされるのが怖いんです。その、期待しちゃってもいいんでしょうか……?」
木曜日に日を移すのなら作戦は成功も同然だ。
せっかくなので、ここでダメ押しをしておく。
「もちろん!」
その瞬間、飯田橋先生がボクの両肩を掴み顔を近づけてくる。
やばい、キスされる……!
ボクはギリギリの所で顔を逸らして飯田橋先生に抱きしめられる形になった。
「……そういうのは、明後日先生が本当にがっかりしなかったか確かめてからでないと、嫌です」
身体を密着させながら、第二波が来る前に先手をうっておく。
「わかったよ、だけど一つだけ言っておくと、今こうやって尚を抱きしめているだけで先生はこうなってるんだよ」
飯田橋先生はボクから身体を離すと、再びボクの手を掴んで自分の股間へと持っていく。
「……明後日、待ってますね」
「ああ……!」
ボクが撫でるようにすっと手を引き抜き、笑顔で言えば、先生は感動したように大きく頷いた。
これ以上長居するのは危険なので、ボクは早々に退避して、図書室へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます