手順29 心を一つにしましょう

 誰もいない、電気も付いていなくてまだ薄暗い教室で、飯田橋がつづらの席に一人座っている。

 そして、背中を丸めて机の上に上半身を倒すと、それからしばらく飯田橋先生はそうしたままだった。

 映像は後ろからだったので、飯田橋先生がつづらの机に倒れこんで何をしていたかまではわからない。


 しばらくすると、飯田橋先生はおもむろに立ち上がり、ゴミ箱の中身をさっきまで上体を倒していたつづらの机の上にぶちまける。

 奥に教室の時計が映っていて、この一連の出来事がまだ朝の六時過ぎから六時半を少し過ぎた辺りまでの事だとわかる。


「「「「「「「「………………」」」」」」」」

 気まずい沈黙がその場を支配する。

 どうしよう、思った以上に気持ち悪いうえに何一つ行動が理解できない。


「とりあえず、骨の二、三本は覚悟してもらうとしよう……」

 突然、岡崎先輩が物騒な事を呟く。


「ダメだよ、響くんは部活も大会もあるんだから☆ だから、そういうのは私に任せて♪」

「杏奈……」

 岡崎先輩の隣に座っている寺園先輩が、優しく岡崎先輩に言い聞かせる。

 なんだろう、この一見優しくて気が効いているようなのに物騒かつ戦闘力が高い会話は。


 でも、先輩やっちゃってくださいよ、と言いたくなってしまう自分もいる。


「さて、じゃあ大林くんに仕掛けてもらった盗撮……じゃなかった、監視カメラに映った映像も共有できた所で僕の考えを話したいんだけど、いいかな?」


「はい、聞かせてください」

 清水先輩の言葉に、ボクは頷く。

 まあ、実際勝手にカメラを仕掛けて撮っているので盗撮だよなあ、とは思うけど、今はそんな事も言ってられない。


「つづらちゃんの机に嫌がらせをしてたのは飯田橋先生な訳だけど、教室でその事を大きく取り上げたり、つづらちゃんにやたらと困った事があったら相談するように言ってきたりしてたんだよね?」

 確認するように清水先輩は言う。


「はい、飯田橋先生は公の場では彼女の事をかなり気にかけていたようでした」

「ボクも、わざわざ休み時間に呼び出されて最近落ち込んでないかとか、姉の家での様子を聞かれました」

 岡崎先輩とボクが飯田橋先生についてそれぞれ知っている事を話す。


「うん、だから先生の目的は単につづらちゃんにイタズラする事じゃなくて、嫌がらせで困ってるつづらちゃんを助けて彼女から評価されたかったんじゃないかな」

「マッチポンプじゃねーか……」

 清水先輩の推理を聞くなり、大林先輩がポツリと呟く。


「でも、それ以外にこの行動を説明できる動機もあまり思いつきませんよね」

 井田先輩が苦笑しながら言う。


「そして、つづらちゃんの私物の盗難だけど、相手を困らせるというよりは、単純に本人の欲望によるものなんじゃないかと思う」

「ですよね~」

 清水先輩の言葉に、入谷先輩が同調する。


「あと、飲みかけのフルーツティーとか、畳んだ状態の運動用の靴下くらいだったら別に飯田橋先生が持っててもそこまで不自然じゃないし、言い訳しやすそうですよね」

「確かに、いかにも女の子らしいペンケースや、生徒の名前が書いてある教科書やノートを一冊だけ隠し持ってたら、言い訳大変そうだよね☆」

 長谷川先輩の言葉を受けて、寺園先輩もうんうんと頷く。


「職員室も国語準備室も、別に飯田橋先生だけが使える個人スペースじゃないもんな~」

「バレた時のリスクを考えれば見つかる訳にはいかない、そして、一番誰にも見つかることなく出来そうなのが、早朝からの机への嫌がらせか……」

 入谷先輩と岡崎先輩が飯田橋先生の行動の理由を推測する。


「それと、この写真についてだけど、結構画質良いし撮った人のこだわりを感じるよね、色んなエフェクトとか使われてるし、デジタル撮影だよね」

 つづらから渡されたアルバムの写真を見ながら、清水先輩は言う。

 各写真で色調やピントがいじってあったりするけど、これをアナログでやるのは大変そうだ。


「一昔前に小型音楽プレイヤーを改造して写真を撮れるようにしたりとか、ありましたよね☆」

「そうだね。これも、いくつかの場所にカメラを置いて動画を撮影して、そこからの一コマを写真にしたり、遠くから撮影したのをトリミングしたり、たぶん胸ポケット辺りにカメラを仕込んで撮ってたりって感じじゃないかな」

 寺園先輩の言葉に、清水先輩は頷く。


「言われてみれば、撮られた場所とか角度から考えるとそれっぽいですね~」

 長谷川先輩がアルバムの写真を一枚一枚見ながら言う。


「で、なんでそれを本人に送りつけてるか、なんだけど、この画作りへのこだわり方を見ると、嫌がらせというよりは褒めて欲しそうだよね」

「あー……かもしれませんね」

 清水先輩の推測に、入谷先輩がちょっと引きながら頷く。


「つまり、盗撮の犯人も飯田橋先生なら、嫌がらせの犯人とは別人だろうという体で写真を褒めちぎったら喜びそうだよね☆」

「あの素敵な写真の作者は誰だろう? みたいな感じで飯田橋先生に語ったら自白してくれませんかね」

 寺園先輩の言葉を受けて、ボクはふと呟く。


「それが出来たら苦労はないんだけどな……」

 ため息混じりに岡崎先輩が言う。


「写真を持ってくる瞬間の映像が撮れれば一発なんだけど、つづらちゃんのロッカーの周りにもカメラを仕掛けてるんだけど、今のところ飯田橋先生が何か入れてる様子はないんだ」

「アルバムの送られてきた日付見ても、大体一、二週間に一回くらいのペースですしね」

「一回の量はかなり多いんすけどね~、このペースだと次が来るのは来週の終わりか再来週か……」

 残念そうに清水先輩が言えば、井田先輩と入谷先輩が口々に言う。


「とりあえず今考えられるのはこんなところかな。それで確認なんだけど、皆は飯田橋先生をどうしたい?」

 一旦、話をまとめるように清水先輩は言う。


「今までやった事、これからやろうとしている事全部を白日の元にさらさなきゃな」

「懲戒免職は必須かと」

「社会的に死んで欲しいかな~」

「ケジメは必要ですよね」

「ただ罰されるだけでなく、自分の行いを省みて欲しいです」

「とりあえず、地獄に突き落としたいです☆」


 口々に皆は言うけれど、結局の所大体は同じだ。

 どうやら、全員飯田橋先生の行いには怒り心頭らしい。

 当たり前だけど。


「……ちゃんと報いは受けてもらわないといけませんよね」

 ボクも笑顔で答える。


「うん、僕もみんなと同じ意見だ」

 静かに皆の声を聞いた後、清水先輩は爽やかに言い放つ。

 ボク達の気持ちが一つになった。

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