手順25 相手を見極めましょう

 その日もボクはつづら達と一緒に下校する事にした。

 あんまり相手にされていないとはいえ、つづらが好意的に彼らの事をとらえている以上、つづらの取り巻きのイケメン達を把握する必要があると考えたからだ。


「私は嬉しいけど、なんだか最近一緒に帰りたがるね、尚ちゃん」

「うん、つづらのお友達がどんな人なのか気になるもん」

 不思議そうに聞いてくるつづらに、ボクは答える。


「なるほど、妹さんは僕達がつづらさんを任せるに足る人物か確かめに来たのですね」

 眼鏡の先輩がニコニコしながら言う。

 確か、この人は伊田先輩だったか。

 つづらの取り巻きは六人もいるので顔と名前を覚えるのも一苦労だ。


 それにしても、朝礼でボクが変質者に襲われて寺園先輩に助けられた時の事を紹介する時、校長先生はボクも寺園先輩も両方くん付けで呼んでいた事もあってか、どうやら先輩達にはボクの性別に気づいていないらしい。


「まあつづらちゃんの事は色々心配だよね~オレの事は直人とかお兄ちゃんとか呼んでいいよ、名前似てて兄妹みたいだし」

 なんか全体的に軽薄そうな感じのこの人は、入谷いりや直人なおと

 確か、つづらとはクラスが違うけど同じ学年だとかなんとか昨日言っていた。


「は!? お前なに自分だけ妹に取り入ろうとしてるんだよ!」

「わ~、尚ちゃんあの赤い髪の人怖いね~」

 赤い髪の先輩が入谷先輩に文句をいい、それをからかうように入谷先輩はボクにくっついてくる。


「おいなんで俺が悪者みたいになってるんだよ! お、俺は、……祐希でいい……つづらとは、同じクラスで、軽音部だ」

 入谷先輩に続き、大林先輩がついでに簡単な自己紹介をしてくれた。

 大林おおばやし祐希ゆうき先輩、以前つづらに岡崎先輩と名前をごっちゃにされて憶えられていた哀れな人だ。


「僕は三年の伊田いだ隆史たかふみといいます。たぶん昨日の全員まとめての自己紹介では覚え切れなかったでしょうから、もう一度。ふふっ、僕の事は好きに呼んでもらってかまいません」

 眼鏡の伊田先輩は、入谷先輩と大林先輩のやり取りが一段落すると、すっとボクの側に寄ってきて改めて自己紹介をする。


 ……うん、顔は覚えたけど、明日まで名前まで完全に覚えてる自信はない。

 家に帰ったらノートにそれぞれの特徴と名前を書いて憶えなくては。


「あ、そうだ。尚ちゃんライン教えてよ。もしつづらちゃんに何かあったら連絡するからさ」

 入谷先輩はスマホを取り出しながら言う。

 確かに、連絡先は知っておいた方が後々便利だろう。


「いいですよ。じゃあボクのID表示しますね」

「な、なら俺も連絡先……いいか?」

「僕も尚さんの連絡先を知りたいです」


 ボクが了承してスマホをいじっていると、横から大林先輩と伊田先輩もついでとばかりに話しかけてきた。

 もしもの事を考えれば、つづらの取り巻き全員の連絡先を持っておいて損はない。


「もちろんですよ~お二人も読み取っちゃってください」

 ボクは笑顔でスマホを差し出す。

 今度、昨日一緒に帰った二人……清水? 先輩と 長谷川? 先輩の連絡先も聞いておこう。


「それにしても、昨日から思ってましたけど、大林先輩って本当に髪が真っ赤なんですね~」

「ああ……もしかして、つづらが何か俺の事を話していたのか?」

 ボクがふと思い出して言えば、大林先輩はちょっと嬉しそうにボクに尋ねてくる。

 実際は岡崎先輩と名前を混同して覚えられていただけだけど。


「うふふ、秘密だよ」

 さすがにつづらも正直に言うのは憚られるのか、それとも、何について話したのか覚えていないのか、つづらは人差し指を口元にあてて、小首を傾げる。

 可愛い。


「え~、俺の事は何か言ってなかったの~?」

「ボクもつづらさんと尚さんが普段家でどんな話をしてるのか気になります」

 にわかに入谷先輩と伊田先輩もワクワクした顔で僕に聞いてきた。


「ん~、内緒です」

「そっか~内緒か~じゃあ仲良くなったら教えてくれるかな」

「尚さん、甘い物は好きですか? 美味しいアフタヌーンティーを楽しめるお店を知っているんです」


 ボクが内緒と言ったら二人は引き下がったように見せかけて、グイグイ迫ってくる。

 なまじ顔が良いだけになんだか腹立つ。

 たぶん、普通の女の子はこういうわかりやすい誘いにもあっさり乗っちゃうんだろうなあ……。


「もうっ、尚ちゃんをデートに誘うなら私を通してくれないとダメだよっ」

 直後、つづらが不満そうに声をあげる。


「そんな子供じゃないんだから……」

「だって、この前も尚ちゃん私の知らないうちに杏奈ちゃんの家に遊びに行ってるし、帰りに変質者に襲われてるし、心配なんだもん!」


 ボクがちょっと呆れながら言えば、どうやらつづらなりにボクの事を心配してくれていたようで、嬉しいような、情けないような気分になった。


「よし、じゃあ今度尚ちゃんと遊ぶ時にはちゃんと尚ちゃんを家まで送るよ」

「え」

 すると、なぜか入谷先輩が急にキリッとして言い出したけど、そもそもボクはまだ遊ぶ約束もしていない。


「まあ、それならまだ安心かな……」

「つづら!?」

 そして、つづらは妙に真剣そうな顔で頷く。


「暗くなってからの女性の一人歩きは危険ですからね」

「もうっ、からかわないでくださいよっ」

 伊田先輩まで話に乗っかってきて、思わずボクは声をあげた。


「なんか今の、姉妹っぽかったな……」

 すると、なぜか大林先輩が照れたように言う。

 なぜそこで照れるのか。


 ……この人は、見た目も中身も全く違うけど、妙に岡崎先輩と同じにおいがする。

 女慣れしてないような、そんな感じ。

 大林先輩と岡崎先輩はつづらとクラスも同じだし、なんとなくつづらが二人を混同してしまった理由がわかった気がする。


 先輩達に家の前まで送ってもらい、ボクは思った。

 大林先輩は扱いやすそう、伊田先輩と入谷先輩は脈ありとまではいかないまでも、取り入る隙はありそうだ。


 別につづらは先輩達と恋仲になるつもりはなさそうだし、先輩達の事は遠巻きに観察しつつ、つづらの情報をもらったりするくらいでいいだろうか。


「そういえば、フミタカ先輩が言ってた美味しいアフタヌーンティーのお店ってどんなとこだろう。今度聞いてみようかなあ」

 たぶん、フミタカ先輩ではなく、隆史先輩だ。

 つづらはスマホをいじり、ラインで伊田先輩に店の詳細を尋ねているようだ。


「ねえ、それなら今度ボクと二人で行こうよ」

「そうだね~でもアフタヌーンティーって結構ちゃんとしたところだと高いからそこがネックだよね~うちの高校アルバイト禁止だし」

「確かに……」


 アフタヌーンティーは紅茶と一緒ににケーキ、クッキー、サンドイッチ、スコーンなどの軽食やお菓子を並べて一緒に楽しむもので、ちゃんとした店だと一人五千円以上かかる事も珍しくない。


「あ、フミタカ先輩から返信着た。あ~、なんかフミタカ先輩の実家がやってるホテルグループのアフタヌーンティーで気になるなら今度ご馳走してくれるって」

「へ~……」


 伊田先輩が送ってきてくれたリンク先に飛べば、専用の三段に皿が並べられたスタンドに、色とりどりのケーキやお菓子、サンドイッチ等が並ぶ。


「わあっ、美味しそうっ!」

 つづらはキラキラと目を輝かせるけど、一人六千円という金額にボクは固まる。


「さ、さすがに悪いから遠慮しとこうよ……」

「うーん、そうだね~」

 つづらは口惜しそうに頷く。


 桂秋学院が金持ちの子供の集まる学校である事をすっかり忘れていた。

 気を抜いたらどんどんエスカレートしていって、つづらにえげつない貢ぎ方をしてきそうで怖い。

 そして、ただの男友達と油断しているのか、つづらも誘われたら特に疑いもせずほいほいついて行きそうで怖い。


 やはり彼らとつづらのフラグは早々にへし折る必要がありそうだ。

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