手順16 親睦を深めましょう
VRパークで遊んだ後、ボク達は当てもなく渋谷の町をぶらぶらと散策した。
雑貨屋を覗いたり、買い食いをしたり、服を見たりした。
「岡崎先輩、ボクも荷物持ちますよ」
「いや、それは絵面的に何か申し訳ないからいい……」
そして散々渋谷の町を散策して買い物を楽しんだボク達の荷物を、なぜか岡崎先輩が全部持ってくれている。
「どれも軽い物だしそう大した量じゃないから大丈夫だ」
両手にそれぞれボクとつづらと寺園先輩の荷物を持ちながら岡崎先輩は言う。
「ありがとう響くん、ホントに助かるよ☆」
「響くんありがとう、だけど重くなったらいつでも言ってね?」
「いつもタイヤ引きながら走ったりしてるからな、これくらいどうって事ないさ」
岡崎先輩はどこか誇らしげに言う。
「へ~すごい、だからこんなに服の上からでもわかるくらいがっしりしてるんだね」
「まあな」
そして意外にも、つづらが食いつく。
「ねえねえ、触ってもいいかな♪」
「あ、ああ……」
「わ~、いい感じに仕上がってるね♡」
寺園先輩は岡崎先輩に許可を取るなり服の上から岡崎先輩の腹筋や胸筋を触る。
「私も触っていいかな?」
「もちろん……!」
更に、それを見ていたつづらがうずうずした様子で自分も触りたいと言い出し、岡崎先輩も二つ返事で答える。
「思ってたよりも硬いな~」
「響くん鍛えてるもんね☆」
なんて言いながらつづらと寺園先輩がきゃっきゃと楽しそうに話す。
「…………」
きっと、動物園のふれあいコーナーで動物を触るようなもので、他意は無いはずだ。
そう思いつつ、ボクはそっと岡崎先輩の腹筋に触れ、そのまま押してみる。
硬いうえに全くびくともしない。
「……尚?」
岡崎先輩が不思議そうに首を傾げる。
「いえ、びくともしないな、と思いまして……」
「……お前はもう少し鍛えた方がいいんじゃないか?」
困惑したように岡崎先輩は言う。
「え、やだ! 尚ちゃんは今のままが可愛いの!」
直後、異議ありと言わんばかりにつづらが割って入ってくる。
「すいません、ボクもあんまり筋肉付けると着たい服が着られなくなってしまうので」
特に肩周りの筋肉がついてしまうと、ただでさえ男で骨格的に肩幅が広くて服でごまかしてるのにそれもより難しくなる。
「そ、そうか……」
岡崎先輩はますます困惑したようだった。
「なあ、尚はその……女になりたいとか、そういう感じなのか……?」
「いえ、そういう予定はないです。ボクはただ自分のしたい格好をしてるだけですから」
「……それはそうと、その格好で男子トイレに入るのはどうかと思う」
男子トイレの小便器でボクと並んで用を足しながら岡崎先輩は言う。
「え、でも女子トイレに入るのはちょっと……」
服を調えて手を洗い、鏡で自分の姿をチェックしながら僕は言う。
「へ」
ふと入り口側から妙に間の抜けた声が聞えて、振り向けば中年のおじさんが入り口に引き返そうとしている。
「ここ男子トイレであってますよっ! ボク男なので!」
「あ、はい……」
慌ててボクが呼び止めれば、おじさんは鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていた。
今ボク達は109から渋谷駅まで繋がっている渋谷ちかみちという地下通路にあるトイレに来ている。
比較的新しくできた通路だからか、トイレもきれいだ。
「でも、ちょっと意外でした」
「意外?」
トイレから出て、岡崎先輩とつづら達を待ちながら僕は言う。
「ボク、見た目のイメージで勝手に岡崎先輩って頭固そうというか、男の癖に女の格好してナヨナヨしやがって、とか言いそうな感じだと思ってたんですけど、寺園先輩からボクの性別を聞いても変わらず接してくれるので」
実際は思っているかもしれないけれど、好きな相手の弟、しかもその思い人であるつづらははボクのこの姿を気に入っているとなれば迂闊にそんな事は言えないだろう。
それをわかったうえで、ボクはあえて言う。
「……本当はちょっと戸惑ってる。だが、別にだからといって尚がどんな格好をしようと自由だとは、思う」
岡崎先輩は、言葉を選ぶようにゆっくりと答える。
「岡崎先輩って、実はすごい懐が広いですよね」
「な、なんだ急に……」
「いえ、素敵な人だなって思っただけです」
ボクはニッコリと笑って岡崎先輩を見上げる。
「大袈裟だ、これくらいで……」
どこか気恥ずかしそうに、もしかしたら後ろめたそうに岡崎先輩は視線を逸らす。
「あ、そういえば話はかなり戻るんですけど」
「な、なんだ?」
「ボクは岡崎先輩の事、頼れる兄みたいに思ってますよ。まあ、兄なんていた事ないですが」
つづらの事が好きな岡崎先輩が、つづらの弟から兄みたいに思っていると言われて、悪い気はしないはずだ。
「……そ、そうか」
「響お兄ちゃん」
「…………! 悪くないな」
ちょっと嬉しそうに岡崎先輩が言う。
この人は思ったよりもわかりやすい。
「ただいま~女子トイレ混んでて大変だったよ~」
その時、つづらと寺園先輩がトイレから戻ってきた。
「おやおや? ちょっと心配だったけど、二人共仲良くやってるみたいでよかったよ☆」
「なにかあったの?」
寺園先輩は、和気藹々と話していたボク達の様子を見てうんうんと頷き、つづらは不思議そうに首を傾げる。
「うん、響くんこの前までずっと尚くんの事女の子だと思ってたみたいで、その事話したらかなり動揺してたから心配してたんだ☆」
「そうなんだ、尚ちゃんは可愛いもんね!」
すごい、元はといえば寺園先輩が積極的に岡崎先輩にボクの性別をばらしに行ったのが原因なのに、この言い方だとなんだか寺園先輩が面倒見のいい感じに聞こえてくる。
そして、つづらの納得のしかたはどうなんだろう。
「今日は楽しかった~」
「私も☆」
時刻も夕方にさしかかり、合流したボク達はそのまま駅の方へと向かう。
「つづらさんと尚は、何線で帰るんだ?」
「響くん、前に名前で呼んでって言ったのは私だけど、杏奈ちゃんや尚ちゃんは呼び捨てなのに、さんは堅苦しいよ」
少しむくれた様子でつづらが言う。
「えっ……あっ……じゃあ、つづら……ちゃん」
酷くそわそわしながら、おそるおそるという様子で岡崎先輩は言う。
「うふふ、響くんがちゃんっていうの、なんか可愛いね。私、可愛いのは好きだよ」
「なんだか照れるな……」
やわらかく笑うつづらに、釣られて笑う岡崎先輩。
そういう事を無自覚でやるから、つづらは訳のわからないレベルのモテ方をするんだ。
もっと自重して欲しい。
でも、そんなほわほわしたつづらが好きなのでなにも言えない。
「もうっ☆ なら私もちゃんづけで呼んでよ♪」
一方、寺園先輩は岡崎先輩の腕を引っ張りながらぐいぐいつっこんで行く。
「杏奈は中学にあがるまで俺の事ずっと呼び捨てだったんだから、むしろそのくん付けで呼ぶのをやめて欲しいんだが……いまだに慣れない」
「だめ。響くんは私もか弱い女の子だって自覚が足りないんだよ!」
困ったように言う岡崎先輩に、ぴしゃりと寺園先輩が言う。
いつものキャピキャピした話し方が抜けている。
「か弱いって、全国大会で何度も優勝して柔道をやめるまでずっと俺が勝てなかった相手に言われても……」
「もうっ! それは身体が出来上がる前の子供の頃の話でしょ!? 今私が響くんと試合したら、瞬殺なんだからね☆」
「俺がか……」
「私がだよ! わざと言ってるでしょもう!」
寺園先輩がむくれたように言う。
……岡崎先輩も冗談は言うらしい。
表情が全く変わらないので慣れないとわからなそうだけど。
「杏奈ちゃんってそんなに強かったの?」
「ああ、通ってた道場では一番期待されていたし、杏奈が辞めると言い出した時は周りの大人が杏奈なら世界だって狙えるって全力で説得してた」
つづらが岡崎先輩に尋ねれば、思った以上に寺園先輩のものすごい経歴が発覚する。
「昔の話だよ☆」
そうあざとく言う寺園先輩に、ボクは計り知れないものを感じた。
そしてその翌日、ボクの感じたそれは、確信へと変わった。
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