手順15 ダブルデートに行きましょう
「君可愛いね、一人?」
「いえ、待ち合わせでこの後友達が来ます……」
「そっか~じゃあ友達が来るまでちょっと話そうよ」
「えっ……」
土曜日、ボクは渋谷のハチ公前で初めて男からナンパされていた。
今まで通学路の途中で変質者に会う事はたまにあったけど、まさか自分が同じ男からナンパなんてされるとも思っていなくて、予想外の事態に混乱している。
「あの、ボク男ですけど……」
「え、マジで? 全然見えないな~っていうか男の声真似上手いね」
男声を出してみたものの、相手はボクが男だと信じてないみたいだった。
どうしよう、早くこの場を離れなきゃトイレに行ったつづらが帰ってきてしまう。
寺園先輩と岡崎先輩とはハチ公前で待ち合わせらしいけれど、そもそもこの辺は人が多すぎて二人共既にこの場に来ていたとしてもすぐに見つけられる自信はない。
「君面白いね、ラインの連絡先教えてよ」
「えっと、ラインやってないので……」
「じゃあ今から始めようよ、初期設定とか色々教えるからさ」
しかも、ナンパしてきた男はなんだかグイグイ距離を詰めてくる。
痩せ型のひょろっとした人だけど背は高くて、小柄なボクは取っ組み合いになったらすぐに負けそうだ。
目の前の相手にジリジリとした怖さを感じながらどうやって逃げようかと考えていたら、聞き覚えのある声がふってきた。
「尚、遅れて悪いな」
「あ、岡崎先輩」
「じゃあ行くか」
「えっ、あ、はい……」
岡崎先輩は挨拶もそこそこにボクの手を引いてさっさとその場を離れる。
少し歩いた所でチラリと振り返ってみたけど、特に追っては来ていないようだ。
そういえば今まで意識してなかったけど、岡崎先輩の手って大きいんだな、なんて思ってしまう。
「……そういう格好するなら、もっと気をつけろ」
ハチ公像から大分離れたところで岡崎先輩は立ち止まると、握っていたボクの手を離して僕に注意する。
「すいません……岡崎先輩、ありがとうございました」
それに関しては申し開きのしようもないので、ボクは頭を下げて岡崎先輩に謝りつつ助けてもらったお礼を言う。
「ナンパで返事返しちゃったら脈アリだと思われるから気をつけた方がいいよ☆ 基本は無視かにっこり笑ってごめんなさいって言っとけば諦めてくれるしね♪」
「でも馴れないナンパにたじたじになる尚ちゃんも可愛かったよ~」
直後、横から楽しそうな声がする。
顔を上げて振り向けば、寺園先輩とつづらがニコニコと笑っている。
「さっきの、見てたの……?」
二人の口ぶりからして、どうやらさっきのダメダメなナンパへの対応をつづらに見られてたようだ。
恥ずかしい……!
みるみる自分の顔が赤くなっていくのがわかった。
「ごめんね、お手洗いから帰ってきたら尚ちゃんが話しかけられてたの見えたんだけど、馴れないナンパにあわあわしてる尚ちゃんが可愛くて……岡崎くんも尚ちゃんを助けてくれてありがとね、かっこよかったよ」
「あ、ああ……」
つづらの言葉に、岡崎先輩が気恥ずかしそうに照れる。
……面白くない。
「よーし、それじゃあ四人とも揃った事だし、VRパークに行こっか☆ 予約の時間もあるしね♪」
寺園先輩も同じことを思ったのか、強引に話を終わらせる。
今回ボク達が行くVRパーク トーキョーは完全予約制で、予約した時間から七十分間施設内のアトラクションを自由に遊べるというものだ。
「楽しみだな~ジャングルバンジーにダイブ・ハード」
つづらは楽しそうにはしゃぐ。
ネットでこのアトラクションの記事を見かけてからずっと行ってみたかったらしい。
……ボクに言ってくれればいつでも付き合うのに。
元々集合時間には余裕があったし、道もそんなに複雑じゃなかった事もあってVRパーク トーキョーには問題なく着いた。
入場してみればそこはかなり広々としてタバコ臭くないゲームセンターみたいだった。
下の階はゲームセンターだったけど、どうやら親会社が同じらしい。
「休日だからものすごく込んでると思ったけど、そうでもないね」
「その為の予約制なんだろうね」
施設内を見渡しながら言うつづらにボクは相槌をうつ。
「バンジージャンプは並んでるけど、ダイブ・ハードの方はすぐ遊べそうだね」
「そのダイブ・ハードというのは、どういうアトラクションなんだ?」
辺りを見て周りながら言うつづらに、岡崎先輩が尋ねる。
「簡単に言うとものすごく高いビルから細い足場を歩きながらするシューティングゲームだよ!」
「そ、そうなのか……でも、高いと言ってもバーチャル映像なんだろう?」
「そりゃそうだよ~、でも、目の前から風が吹き付けてきたり、バーチャル映像と連動した立体音響とかで臨場感がすごいらしいよ! ほら、アレだよ」
そう言ってつづらが指差す先には、工事現場にありそうな鉄製の手すりのついた足場と、そこから一本にのびる手すりのない細い足場だった。
ちょうど二人の女の人が遊んでいる。
「ちょっとまってこれホントに高いんだけど!? えっ、ヤダヤダ怖っ! 危ない!」
「わ~、すごい風来る~」
一人はものすごく騒いで足場の初めの方で立ち止まっているけど、もう一人は楽しそうに手に持ったリモコンを操作して足場を進んでいく。
「ね、楽しそうでしょ?」
次の待機列に並んで目を輝かせながらつづらが言う。
「響くん高い所苦手だもんね~☆」
「あれ? そうなの? なんかゴメンね? なら響くんは他ので遊んできてくれて大丈夫だよ?」
「そ、そんな事はない!」
寺園先輩が茶化すように言えば、心配したようにつづらが言う。
でも、ここで頷いてしまえばつづらと別行動になる訳で、岡崎先輩もそれは避けたいらしい。
「でもこのアトラクションは一度に二人しか遊べないみたいだし、まずはつづらちゃんと尚くん行ってきなよ☆ 響くんは心の準備もあるだろうし♪」
そう言って寺園先輩はボクに目配せをする。
「わあっ、いいんですか? ボクこういうの好きなんです」
「あれ? そうだったの?」
「うん、VRとかすごく興味あったから楽しみで」
ボクは意外そうな顔をするつづらに笑顔で頷く。
本当は別にそういう訳でもないけど、ここはそう言っておいた方が都合が良い。
「うんうん、楽しんでおいで☆ 私は響くんを勇気付けてるから♪」
「おい俺はそんなものいらんぞ」
岡崎先輩は寺園先輩の言葉に反論するものの、この順番に意義はないようだ。
この順番になれば、ボクとつづらがアトラクションで遊んでいる間は寺園先輩と岡崎先輩は二人だけで話せるし、逆に寺園先輩達が遊んでいる場合は僕がつづらと二人で話せる。
そんな事を考えていると、先に遊んでいた女の人達が遊び終わって僕とつづらの番が回ってきた。
「わ~、ドキドキするね、尚ちゃん」
なんてつづらは言う。
さっそく係員のお姉さんの指示に従って専用のゴーグルとヘッドホンを付けていく。
簡単な調整を済ませれば、目の前は高層ビルの上へと切り替わる。
「おお……」
思った以上にリアルな頭の動きに連動して動く映像と、前から吹き付ける風や周囲の雑音に、本当にビルの上に立っていると錯覚してしまいそうになる。
足元を見れば、金網の下に見える小さな町並みに手汗が出る。
ゲーム自体は簡単なシューティングゲームだったけど、実際に高層ビルの屋上にいるような臨場感の中では文字通り目の前に迫る迫力があった。
そして二人同時にプレイするけれど、特に協力して遊ぶ訳ではないようだ。
「あ~すごかったね~!」
「つづら、髪乱れてる」
ゴーグルとヘッドフォンを外して戻る途中、ボクはつづらの髪が乱れているのに気づく。
「え、どこどこ? 直った?」
つづらは左右の髪を撫で付けるけど、その少し後ろの毛が妙に膨らんでいる。
「ここ……直った」
「ありがと~尚ちゃんは髪きれいだね~」
ボクが代わりにつづらの髪を直してやれば、つづらは嬉しそうに笑って僕の頭を撫でる。
……次はゴーグルを外したら手櫛で整えるのはやめよう。
女の人は好きでもない人間に髪を触られるのは嫌がるなんて前に聞いた事あるけど、ボクは良いんだろうか。
「やっぱり尚ちゃんの髪さらさらでいいな~」
ボクの頭を撫でるついでにボクの髪を触りながらつづらが言う。
……単に異性として見られてないというか、家族扱いでそもそも欄外なんだろうな。
「二人共おかえり~☆ それじゃあ次は私達の番だね♪」
「あ、おいっ……」
ボク達が戻ると、待機スペースで待っていた寺園先輩と岡崎先輩が入れ替わるようにアトラクションスペースへと向かっていく。
「すっごい迫力だったよ~」
「そうなんだ♪ 楽しみ☆」
つづらの言葉に、寺園先輩は楽しそうに岡崎先輩の腕を掴む。
じゃれるというよりは、逃げようとする人間を捕縛するような感じで。
そうこうしているうちに準備が終わった係員の人に呼ばれて二人はアトラクションスペースへと向かう。
「こうやって離れて見るとやっぱり岡崎くんって大きいね~」
「……そうだね」
「そして杏奈ちゃんはやっぱり可愛いなあ~私は今日のいつもよりシンプルな格好、特に好きだな~」
うっとりした様子でつづらは言う。
寺園先輩は桃色の上半身は程よく身体のラインが出るスカート部分がAラインのワンピースを着ているけれど、今日は下にパニエは履いていないようで、動くたびに自然に裾が広がる。
足元はヒールのないストラップ付きの靴に黒いタイツだ。
対してボクはざっくりしたアイボリーのニットに紺色のハイウエストスカート、スニーカーという組み合わせだ。
できるだけ女の子らしいシルエットを意識したそれは、今朝つづらに見せたら大絶賛されたのだけれど、やっぱり寺園先輩に比べるとあざとさが足りない気がする。
ちなみにつづらはライトグレーのパーカーに短いキュロットスカート、オーバーニーソックスにブーツという格好で、そのオーバーニッソックスはボクが学校に行く時に履いている物だ。
今までもつづらの服をボクが着る事はよくあったけれど、最近はつづらも僕の服をよく着るようになった。
そんな事を考えていると、横からちょいちょいとつづらにつつかれて、こそっと内緒話をされる。
「それにしても尚ちゃん、なんかゴーグルとヘッドフォン付けてる杏奈ちゃん見てるとなんだかドキドキしちゃうんだけど、どう思う?」
耳元につづらの囁き声が聞えてきてドキドキしながら聞いたらこれだ。
「隣でビクビクしながらも必死で頑張ってる岡崎先輩の事もちょっとは見てあげなよ……」
「響くんはホントに高い所苦手なんだね~」
楽しそうにアトラクションを遊ぶ寺園先輩の横で、岡崎先輩は見るからにおっかなびっくりという感じで、頑なに下を見ようとしていない。
最初、岡崎先輩を見た時は身体も大きいし表情もあんまり変わらないし少し怖かったのだけれど、つづらの事を話す時や今みたいな時は人間らしくて親近感を覚える。
だとして、つづらをゆずる気は全くないけれど。
「響くん、楽しかったね~☆」
「あ、ああ、そうだな……」
本当に楽しそうな寺園先輩とは対照的に、岡崎先輩は少しふらついている。
「大丈夫? 響くん」
「顔色悪いですよ?」
「だ、大丈夫だ……」
つづらとボクの言葉に平気だと岡崎先輩は答えるけど、明らかに大丈夫そうじゃない。
「とりあえずあっちに休めるスペースがあるから休もうよ☆」
そう言って寺園先輩は岡崎先輩の腕を支えるように持って飲み物や座れる場所のある休憩スペースへと移動する。
この人、できる……!
休憩スペースの飲み物はドリンクバー形式で、寺園先輩は岡崎先輩を椅子に座らせると、飲み物を選ばせてテキパキと用意する。
「とりあえず私は響くんが心配だからここで見てるけど、二人は元気そうだしアトラクションを楽しんで来たらいいよ☆」
「いや、時間制なんだから杏奈まで俺と休まなくても……」
「さっきは私も面白がって響くんに無理に進めちゃったからね、それに私もさっきのでちょっとフラフラしちゃったし休みたいんだ♪」
「杏奈……」
岡崎先輩と寺園先輩のやり取りを見てボクは思う。
なんて完璧な台本なんだ……!
やはり寺園先輩はただ者ではない。
「じゃあ、二人のお言葉に甘えて、ボク達はあっちのアトラクションに行こうか」
「う、うん、二人共お大事にね」
そうしてボク達はつづらと二人でジャングルバンジーVRや呪いのVRというアトラクションを回った。
もちろんアトラクションを遊び終わったらお互いに髪を直しあう。
しばらく遊んで休憩スペースの方へ戻れば、復活したらしい岡崎先輩と寺園先輩が一緒になってようこそ・パニック・マンションへというシューティングゲームを遊んでいた。
このゲームはプレイしているゲーム画面が正面のモニターからも見えるので、僕とつづらは後ろで二人の様子を観察する。
二人共シューティングゲームは得意なのか、最後までクリアしてランキングに載っていた。
「私、シューティングゲームとかってあんまり得意じゃないんだけど、杏奈ちゃんって意外とそういうのも得意なんだね~」
「うん、昔からよく響くんと一緒にゲームセンターで遊んでたんだ☆」
つづらの言葉に、寺園先輩は胸を張る。
「へ~昔から仲良かったんですね」
「いや、杏奈はただの幼なじみで兄弟のようなものなんだ」
岡崎先輩は少し焦ったようにボクの言葉を否定する。
「え~☆ 響お兄ちゃんそんな風に杏奈の事思ってたんだ~♡」
しかし、寺園先輩はめげない。
「いや、どっちかというと杏奈が兄的なポジション……」
困惑したように岡崎先輩が言う。
岡崎先輩が寺園先輩兄的な存在というのは絵面的に無理があるように思えるけど、昔は違ったのだろうか。
「つづらちゃーん、響くんがいじめる~♪」
「違っ! そういうつもりでは……」
そして、寺園先輩はあてつけのようにつづらにくっつく。
途端に岡崎先輩は慌てるけど、ボクも別の意味で慌てる。
不意にそんな事したらつづらが寺園先輩にときめいてしまう!
「私は杏奈ちゃんみたいな妹大歓迎だよ! お姉ちゃんって呼んでくれてもいいよ!」
そして案の定つづらは満面の笑みで寺園先輩を迎える。
ここは負けていられない。
「……お姉ちゃんっ!」
ボクはつづらの服の袖を少し引っ張って、お姉ちゃん呼びをする。
つづらをお姉ちゃんと呼んでいいのはボクだけだ。
「……! 尚ちゃん可愛いっ! ごめんね、私の妹は尚ちゃんだけだよ!」
ボクの思いが伝わったのか、つづらはボクを抱きしめてくれたのでこの際、妹でも良しとしよう。
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