手順13 周囲の反応に気を配りましょう

 火曜日。


「そうだ、あめやん、ナオミ、今日の放課後これ食べに行こうよ」

 昼休み、お弁当を食べ終わったカリンが水色の髪揺らして目を輝かせながらボクと今日もロリータファッションできめている、志藤しどうあめこと通称あめやんにスマホの画面を見せてきた。


 最近仲良くなったウラハラ系ファッションをこよなく愛する桃山カリンは、ボクにナオミ、ロリータ服を着るために生まれてきたと豪語する志藤天にはあめやんというニックネームを付けた。

 そしてそれはいつの間にか内輪で定着している。

 カリンは自分の事をリンリンと呼んで欲しいようだけど、そっちは定着していない。


「え、なにそのサイケデリックな魔法少女のステッキみたいなの」

「今原宿で話題のギャラクシーチュロスだよっ」

 わくわくした様子でカリンが言う。


「可愛い~」

「可愛いかなあ……」

 天はスマホ画面に映されたネット記事を見ながら言うけど、色がどぎついうえに食べにくそうだし、美味しそうにも思えない。


「行こうよナオミちゃん」

「ん~……」

 ニコニコしながら天が言うけれど、これを食べる気にはなれない。


「へーどんなの……え、それは人間が食べて大丈夫なやつなのか……?」

「添加物とか着色料だとか、そういうレベルを超越した危険さを感じるぞ……」

 ボク達の会話を聞いていたチャラついた見た目の倉橋くらはし良樹よしきと後ろの席の岩田いわたたけるがスマホを覗き込みに来て、顔をゆがめる。


「ふーん、男子には聞いてません~」

 拗ねたようにカリンが言う。


「ボクも男子なんだけど……」

「ナオミちゃんは特別だよ~」

 釈然としない思いでボクが口を挟めば、おっとりした口調で天が横から言ってくる。


「原宿は安くて可愛い服もたくさん売ってるしナオミも気に入ると思うんだけどな~」

「……まあ、そういう事なら」

 カリンの言葉に、ボクはそれならと頷く。


 原宿系の服というと、つづらの好きな服の系統ではないけれど、コーディネートのしかたによっては使える掘り出し物もあるかもしれない。

 考えてみれば、さっきのチュロスも二人が食べてるのを見てるだけならアリかもしれない。


 昨日クラスで散々騒ぎになったせいか、今朝はつづらの机も無事だったようだし、岡崎先輩や寺園先輩からもそれ以外の嫌がらせがあったという連絡は来ていない。


 ……今日もつづらはイケメン達に囲まれて集団下校するらしいけど、寺園先輩は参加しないみたいだし心配ないか。


「結局行くのかよ」

 良樹が横から呆れたようにつっこんでくるけど気にしない。




 水曜日。


「……なにしてるの?」

「由美ちゃんのおっぱい重そうだから支えてあげようと思って……ふにゃっ!?」

「じゃあ私はゆめちゃんのおっぱいを支えてあげるー」

「ちょっ、ハルカちゃんの方が私よりでかいじゃん!」

「ふふふ、よいではないかよいではないか~」


 休み時間、自分の席から仲良し女子三人組のやり取りを眺めていると、ふいにボクの胸に何者かの手が添えられる。

「……なにしてるの?」

「……俺もナオミちゃんを支えてあげようと思って」

 振り返れば、良樹が妙にキリッとした顔で言ってくる。


「そこに支えを必要とするものは何もないよ」

「どうせなら、なんかエロい感じで頼む」

 なにを言ってるんだこいつは。


「もうっ……良樹のえっち」

 でもそんなアホなノリは嫌いじゃないので、ボクも胸に添えられた良樹の両手を掴んでどけると、振り返って背後の良樹を見上げながら注意するように言ってやる。


「………………」

 途端に良樹が真顔で固まる。


「え、自分で振ったんだからなんか反応してよ」

「……ごめん、よくわからなかったからもう一回」

「そんな赤面してにやけながら言われても……」

 どうやら思った以上に今のはヒットしたらしい。


 ちなみにこの日もつづらへの嫌がらせはなかった。

 相変わらずイケメン達はつづらを家まで送ってくれたみたいだけど。




 木曜日。


「ナオミ~どうしたんだ? その荷物」

 ボクが授業用の大きな地図と地球儀を持って廊下を歩いていると、良樹が声をかけてきた。


「ああ、社会科の先生に次の時間に使う荷物頼まれて」

「ふーん」

 良樹はそう言うと、黙って地図を持ってくれた。


「わ、ありがとう」

「ナオミちゃんは細いからな~」

 確かにボクは良樹より背が低いけど、自分もボクの事を言えないくらいには細い身体付きの良樹に言われて、少しムッとする。


「へ~、じゃあかっこよくて逞しい良樹くんはこっちの地球儀も持ってくれていいよ?」

 言いながらボクは地球儀も良樹に差し出す。


「わかった」

「え」

 調子に乗るなと言われるかと思ったら、普通に地球儀の方も持ってくれてボクは驚く。


「じゃあ行くか」

「待って待って、ホントに全部持ってくれなくてもいいから!」

 そのままスタスタと良樹が行ってしまうので、慌ててボクは後を追いかける。

 ……結局そのまま荷物は良樹が教室まで運んでくれた。


 その日、家に帰るとつづらはかなり上機嫌だった。

 尋ねても理由は教えてくれなかったけど、それはそれとして相変わらずつづらの男友達は今日もつづらを家まで送り届けてくれたらしい。

 ……まさか、このまま習慣化するつもりじゃないだろうな。


 金曜日。


「ね~武、ちょっと聞きたいんだけど」

「なんだ?」

「なんでさっきからそんな頑なにボクから目を逸らすの」

「いや、だって着替えてるし……」


 体育の時間にむけての着替えの時間、ボクは武が妙にボクから目を逸らしている事に気がついた。

 そもそも、男同士の着替えなんてジロジロ見るようなものでもないけど、武は隣で着替えているのに、わざとらしいくらいに全くボクを見ようとしない。


「皆着替えてるし別に男同士なんだからボクは気にしないよ」

「べ、別に逸らしてるわけじゃなくてたまたまだし、そんな男の着替えとかそんなに見たいもんでもないだろ!」

「へえ~?」


 なぜかムキになる武に、悪戯心が湧いて、体操着に着替え終わったボクは、同じく着替えた武の前に立ち、じっと見つめる。

「な、なんだよ……」

 ボクがニヤニヤしながら自分より背の高い武を見上げれば、武がたじろぐ。


「別に? じゃあ行こっか」

 そう言ってボクは武の右腕にしがみつくようにくっつく。


「おい、なんで腕組んでんだよ」

「なんとなく」

「なんだよもう歩きにくいだろ~」


 そうは言いつつも武はボクを振り払わずにそのまま歩き出す。

「そっか、じゃあいいや」

「え」

「なんで残念そうなの……」


 ボクが離れると、武は妙にがっかりしたように見えた。

 ……最近、仲間内でのボクの扱いが、なんかおかしい気がする。


 その日の夜、ボクはつづらに

「明日、杏奈ちゃんと一緒にお出かけする事になっちゃった」

 と、上機嫌で報告された。


「響くんも一緒に来るみたいだし、尚ちゃんも一緒に行かない?」

 一瞬デートかと身構えたけれど、どうやら違うらしい。


「ボクも行っていいの?」

「うん、杏奈ちゃんがそれなら尚ちゃんもせっかくだから誘って欲しいって。随分仲良くなったんだね?」

「まあね」


 どうやら寺園先輩が気を回してくれたらしい。

 確かにそのメンバーなら、ボクも入って岡崎先輩からつづらを引き離した方がお互いに都合が良い。


「それに、響くんも尚ちゃんの名前が出たら妙に動揺してたし……いつの間にか響くんとも随分仲良くなってたんだね?」

「ま、まあ……」


 どこか拗ねたようにつづらが言う。

 まずい。


 寺園先輩だけならともかく、こう立て続けに親しい人間とボクとの繋がりがわかったんだ。

 僕がつづらに内緒で勝手につづらの交友関係を調べているのをつづらに感づかれたのかもしれない。


 岡崎先輩が動揺していたのは多分この前寺園先輩がボクの性別をバラしたのをいまだに引きずっているだけだと思うけど。


「尚ちゃん……響くんは男の子だけど、良い子だよ?」

 けどその後に真剣な顔してボクへ岡崎先輩を推してきたので、ボクはホッとした。


 どうやらつづらが警戒しているのはボクが寺園先輩と短期間でかなり距離を縮めている事らしい。

 だとして、ボクにつづらの事が好きな岡崎先輩を薦めてくるのは色々どうかと思うけど。

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