手順12 決意を新たにしましょう

「……入学式の時に初めて君を見かけてずっと気になってて……好きです! 友達からでいいので付き合ってください!」

 そう言って彼はものすごい勢いでボクに頭を下げる。


 その日、ボクは人生で初めて告白というものをされた。

 ……男から。


「あの、多分勘違いしてると思うんだけど、ボク、男なんだ……」

「えっ……」

 目の前で直角に頭を下げていた男子が驚きの顔でボクを見上げる。


「ああ、やっぱり知らなかったんだね。これ、ボクの生徒手帳。ほら、男でしょ?」

「…………い、いや、でも……俺は君ならいける!」

 言いながら僕が生徒手帳を見せれば、彼はしばらくボクを見つめた後、身体を起こしたと思ったら、なんだか力強い宣言をしてきた。


「えっと、ごめんなさい! ボク他に好きな人がいるから……」

「そっ……」

「そ?」

「そ、それは、男でしょうか!?」

「いえ、女の子です」

「うわあああああん!!!!」


 それは一瞬の出来事だった。

 なんだかよくわからないままに、たぶん同学年で別のクラスのだと思われる男子生徒は走り去って行った。

 放課後の屋上でボクは一人残される。


 しばらく呆然とした後、ボクはハッとする。

 もしかして今、ボクは男とわかった上で男から告白されたんじゃないだろうか。

 その場の勢いみたいなのもあったんだろうけど、今の彼はボクが男だとわかったうえで付き合いたいと思ったんだとしたら……。


「え、えー、えー…………」

 だとしてもボクは全く彼と付き合う気はないけど、なんというか、もし相手にとってそれだけ魅力的だと思われていたなら嬉しい。

 ついそう思ってしまった。


 だけど、つづらの事も心配なので、こんな時にちょっと浮かれている自分に罪悪感を感じてしまう。


 ……だというのに。


「あ、お帰り~尚ちゃん」

 家に帰るとなぜかつづらは上機嫌でボクを迎えてくれた。


「ただいま、なんか嬉しそうだけど、なんかあったの?」

「うん、そうなんだ~おやつも用意したから聞いて聞いて~」

 ボクが尋ねれば、つづらはニコニコしながらボクをリビングへと呼ぶ。


 机の上にはつづらの好きな個包装の洋菓子やチョコレート菓子がいくつか並んでいるけれど、この手のお菓子はカロリーが高いので注意が必要だ。


「それで、何があったの?」

 朝から自分の机に明らかに悪意のある嫌がらせをされて落ち込んでるんじゃないかと心配していたのに、本当に何があったんだ一体。


 まさか、イタズラされるたびに親身になって心配してくれた男友達に恋心が芽生えたとか、そういう事じゃないだろうな、とボクの中で嫌な予感がよぎる。


「杏奈ちゃんにも聞いたと思うけど、最近私の机にイタズラしてくる人がいるの。基本荷物は鍵のかかったロッカーに置いてるし。私物に何かされた訳じゃないんだけど……」

「……イタズラって、今回はなにをされたの?」

 一応話は聞いているのでなにがあったかは知っているけど、僕は尋ねる。


「前はよくわかんないけどたぶん恋のおまじない的な儀式の跡があったり、今日は蛇とGのつく黒い虫のおもちゃが置いてあったよ」

「え、たぶん……? そういうおまじないを知ってるんじゃないの?」


 岡崎先輩の口ぶりだとつづらがそういう恋のおまじないを知っていたから、その出来事はつづらに思いを寄せてる人間の犯行だ、という話になったのに。


「似たようなのは知ってるよ、好きな相手の持ち物の前にロウソクをたてて、自分と相手のイニシャルを書いた紙を燃やしてロウソクが最後まで消えたら両思いになれるっていう……」

「……あの、寺園先輩からそのおまじない? された時の机の上の状態聞いたんだけど、たぶんそのおまじないとは違うと思うよ?」

 というか、全くの別物だと思う。


「うーん、まあでも、わざわざ私の机の上でこんな事をするなんて恋のおまじないか呪いだと思うんだけど」

「たぶん状態的に呪いの方じゃないかなあ……」


 だとすると、相手は最初から悪意を持ってつづらに嫌がらせをしている事になる。

 好意からのストーカーは厄介だけど、悪意からのストーカーはもっと厄介なんじゃないだろうか。


「仮に悪意からの呪い的なものだとして、わざわざ本人にわかるようにするっていうのは相手への威嚇の意味だと思うから、そこで変に萎縮して怖がった方が相手の思うつぼだと思うの」

「ま、まあそうだろうけど……」

 だとして、つづらはなんでそんなに楽しそうなんだろうか。


「それに、あんなわかりやすくイタズラしてくるから先生も友達も騒いじゃって、これ以上続けるのは相手もリスクが高いと思うんだよ。それでも続けるようならいつか捕まるだろうし」

「う、うん……」

 それはそうだろうけど……。


「だから私はそんな事より杏奈ちゃんが私の事を本気で心配してくれた事の方が嬉しいの!」

「うん……?」

 つづらは目を輝かせて言う。


「あんな事があったばっかりだからって授業とか一緒に行動してくれたり、なにかあったらいつでも相談してって連絡先の交換もしたの!」

「そうなんだ……」


 つづらにとっては現在進行形で嫌がらせされている事よりも、寺園先輩の連絡先を手に入れた事の方が重要みたいだ。

 というか、女子の中で一番仲が良いとか言ってた寺園先輩とも連絡先さえ交換してなかったのか……。


「杏奈ちゃんって正義感が強いみたいでね、イタズラしてきた人に対してすごい怒ってくれてて、ホント良い子だな~って」

「そ、そうだね」


 たぶんそれは、つづらはあんまり気に留めてない岡崎先輩とつづらを引き離そうとしてるのと、つづらと岡崎先輩の距離が縮まりそうな状況を作り出した事に対する怒りだと思う。


「……でも、つづらが大丈夫そうで良かったよ」

「もしかして、尚ちゃん心配してくれた?」

「そりゃするよ」

 きょとんとした顔のつづらにボクは言い返す。


「ふふふ、そっか、ありがとね。私は楽しくやってるよ。尚ちゃんの方こそ高校生活はどう?」

「ボクも楽しくやってるよ……あ、そういえば今日初めて告白された。男だったけど」

「ええっ! それでどうなったの!?」

 ふと思い出して言えば、つづらがものすごく食いついてきた。


「断ったよ。でも、ボクが男だって知っても好きだって言ってくれたのはちょっと嬉しかったな」

「そっかそっか、やっぱり尚ちゃんは可愛いもんね!」

「……他になにか言う事ないの」

 得意気に腕を組んで頷くつづらに、ボクはなんだかムッとする。


「そんな可愛い尚ちゃんは私が育てた!」

「…………」

 これ以上ない程のドヤ顔でつづらは言う。

 やっぱりつづらにとってボクはただの弟としか見られないのか……。


「でも、尚ちゃんに恋人が出来るかもって考えたらちょっと寂しいかな……」

「えっ……」

 急に寂しそうな顔をするつづらに、僕の胸が跳ねる。

 それはつまり、ボクを他の人にとられたくないって事……?


「あ、でも、可愛い彼女が出来たら絶対紹介してね!」

「うん……たぶんできるとしたら彼女かな……」

「そっか~楽しみにしてるねっ」


 まあ、そうなるのはなんとなく予想できてた。

 でも、つづらも楽しみにしてるそうなので、つづらを彼女に出来るよう僕も頑張る事にしよう。

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