手順4 春休みを有効利用しましょう

「やっぱりボク、今の中途半端な女装じゃ恥ずかしくて人前になんて出られないよ……」

 買い物を終えて帰宅したボクは、早速買ってきた服に身を包み、つづらの部屋をたずねてわざとらしく落ち込んでみる。


「そんなっ尚ちゃんは十分可愛いよ! そのミニスカートからのびる美脚の前では全てが許されるよ!」

 ボクの手をとり、顔を近づけながらつづらが言う。

 本人はこれを大真面目に素で言っているのだからまったくもう…………好きだ。


「でも、こんな男だと丸わかりの女装なんて……だから、つづらに教えて欲しいんだ。女の子らしい話し方とか、いろいろ……」

「そういう事なら任せて、尚ちゃん!」

 上目遣いでボクが言えば、つづらは得意気に胸を張る。


「ありがとうつづら、大好きっ!」

「えへへ、私も尚ちゃん大好き~」

 そう言ってボクが抱きつけば、つづらも当たり前のように僕を抱きしめ返して頭を撫でてくる。


 つづらはちょろい。

 特に、ボクに頼られるようにお願いをされるとまず断らない。


 だけど、ここまでボクを甘やかしてくれるのも、ボクの事を全く恋愛対象として見てなくて、つづらにとってボクがただ可愛がるだけの庇護対象でしかないからだ。

 そう考えると、ボクは胸の奥が重くなる。


 でも、それはそれとしてつづらの胸の柔らかさは堪能する。


「あ~あ~、どうかな、この声」

「うーん、変に裏返っちゃってるね、もう少し低くていいよ」

「あーあーあー、このくらい?」

「うん、その声で自然に話せたらいい感じになると思う」


 女装のクオリティを上げる為、ボクは春休みをフルに使った。

 まずは女声の練習。

 ネットで練習法を調べて、つづらにも実際に声を聞いてもらったりして手伝ってもらう。


「はじめまして、井上尚です」

「言葉の初めの方と最後の方だけちょっとアクセントをつけるというか、気持ち声を高くすると可愛い感じになるよ~、はじめまして、井上つづらです……みたいな。言ってる事同じでも抑揚のつけ方でかなり印象変わるよ」

「確かに可愛い……」


 大事なのは可愛い声を出す事ではなく、女として違和感のない声をスムーズに出せる事だ。

 そして、女性的な抑揚や話し方をつづらと話しながら練習していく。


「そうそう、アイラインでまつげ同士の隙間を埋めてくの。それで目じりは細くスッって抜く感じで……一度に全部ひこうとするんじゃ無くて、少しずつやるときれいにいくよ」

「上手く出来ない……」

「大丈夫、慣れだよ」


 メイクもつづらからおすすめの動画やネットのまとめを教えてもらったり、実際に化粧品を借りてやってみたりした。

 動画やまとめではわからなかった注意点やコツなんかも教えてもらえるのはありがたい。


 歩き方や普段の仕草なんかもつづらから手取り足取り教えてもらう。

 そう、春休みをフルに使って。


 つづらを狙う男友達や今後つづらと仲を深める可能性のある女友達からの予定を極力入れさせず、ボクは毎日つづらと過ごせる正に攻防一体の一手だ。


 実際つづらには何人かの男友達から遊びに行かないかと誘いが来ていたようだけれど、つづらはその全てを断っていた。


 その気も無い相手に誘われたデートと子供の頃から可愛がってきた弟の頼みなら、つづらの中では後者が優先されるんだろう。

 ……あくまでブラコンレベルだけど。


「あ、尚ちゃん髪切ったんだ」

「うん、美容院で整えてもらった」


 春休みも終わりに近づいた頃、ボクは隣町の美容院に髪を切りに行った。

 ……女の子として。

 つづら以外の人間から見て、本当にボクは男に見えるのか確認したかったからだ。


 入店してから店を出るまでずっとドキドキしっぱなしだったけど、結局最後までボクが男だとバレる事はなかったし、店員さんにも女の子として話しかけられた。

 見た目だけなら今までも間違われる事もあったけれど、短い時間とはいえ声を出して話しても全く男とバレなかったのは大きな進歩だ。


「尚ちゃんの髪はさらさらのまっすぐできれいだよね。羨ましいな~」

 ボクの女の子らしく整えられたボブヘアーをつづらはニコニコしながらなでる。


「ボクは、つづらのふわふわの髪の方が、すごく可愛いと思う……」

「うふふ、ありがとう。尚ちゃん初めて会った時、私の髪お姫様みたいで可愛いって言ってくれたの憶えてる?」

 本当はちょっとドキドキしているのを隠しながらボクが言えば、くすくす笑いながら言う。


「……憶えてたんだ」

「うん、それまでは私、癖っ毛の髪が嫌だったんだけど、それからちょっとこの髪も好きになれたの」

「そっか」

 五年越しに教えられたその時のつづらの心境に、なんだか嬉しくなる。


「まあそれはそれとして黒髪ストレートロングへの憧れは尽きないけど。でもそれはどちらかというと眺めていたいタイプの憧れだから、やっぱりそんな感じの彼女が欲しいな」

「そっか……」


 ……とりあえず、校則もゆるいようだし、髪をのばそう。

 そしてちゃんときれいに手入れしよう。

 春休みの終わり、ボクはそう心に決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る