手順3 入学準備をしましょう
「尚ちゃん、今日学校に着て行く服買いに行くんでしょ? 私が尚ちゃんにぴったりの制服を見立ててあげる」
「ホント? 嬉しいな」
桂秋学院には標準服があるけれど、あくまで標準服なので着用の義務は無い。
制服はないけれど、毎日服を考えるのは面倒だと制服っぽい格好で通う生徒は多いらしい。
つづらも白いワイシャツに赤いリボン、チェックのプリーツスカートに紺のブレザーという格好で通っているけど、全部既製品だ。
その日、親からお金を貰って学校に通う為の服を近所の大型ショッピングモールに買いに行くところだったボクは、つづらの申し出に二つ返事で答えた。
二人きりで出かけて買い物なんて、まるでデートみたいだ。
いや、これはもうデートでいいんじゃないだろうか。
「うんうん、やっぱりこれがいいよ! すっごく可愛い!」
「……スカート、短くない?」
一時間後、ボクはつづらにオーバーサイズの黒い猫耳パーカーとプリーツ型のミニスカートを履かされていた。
「尚ちゃんは脚がきれいだから出していった方がいいよ! 大きめのパーカーで上半身にボリュームを出すことによりほっそりした脚とあいまって華奢で可憐な感じに……」
「というか、流石に学校にこの格好は……」
ファッション的な視点から色々とつづらは言ってくるけれど、家の中でならともかく、流石に外で、しかもこの格好で登校なんてハードルが高すぎる。
……まあ、ボクの髪は今ショートボブくらいの長さだから、見た目だけなら違和感がないかもしれないけれど、既に声変わりを迎えたボクの声は致命的に低い。
「可愛いから大丈夫だよ!」
「そういう問題じゃないと思う……」
「うちの学校、服装は自由だから着物とか赤い髪とか、男子の制服着てくる女子もいるし平気だと思うけど」
「え」
つづらの言葉にボクは驚く。
ボクはつづらと同じ学校に行ければ良かったから、学校説明会とその後に開催された個人面談くらいしか行ってなかったから、まさかそこまで自由な学校だったとは思わなかった。
「……つづらの好きなタイプって、清楚なお嬢様みたいな感じなんだよね?」
「うん。でも、校則だからってただ制服着たり髪染めないのは私の求める清楚じゃないの」
「というと?」
静かに首を横に振るつづらに釣られて、ボクは首を傾げる。
「私はただ校則だから結果的に清楚風な格好をしている子ではなく、服装が自由な中で、それでも自分の美意識とこだわりを持って多くの選択肢から選んで清楚な格好をしている子が好きなの」
「……違いがわからない」
結果的に清楚な格好をしているのなら、それが清楚という事なんじゃないだろうか。
そもそも清楚ってなんなんだ。
「つまりね、私は黒髪ロングがただ好きなのではなくて、丁寧に手入れされた黒髪ロングがいいし、爪だってちゃんと形を整えてクリアカラーや肌馴染みのいい色を単色で塗ってるくらいが好きだし、すっぴんじゃなくてすっぴん風メイクで元からこんな顔してますけど? みたいな感じの子が好きなの!」
「……なるほど」
熱く語るつづらに気圧されながらボクは頷く。
つまり、飾り気の無い美少女が好きだけど、本当に飾り気がなく素材のままというのではなく、そういう風に見える努力をしている子が好き、という事なんだろう。
ボクからしたらよくわからないこだわりだけど、それがつづらの好きなタイプと言うのなら、しっかり憶えておこう。
……髪、のばそうかな。
「加えて言うなら、仲良くなると距離が近くて恥じらいが無くなるより、仲良くなってもどこか異性の目を意識してるようなあざとい感じの子がいい」
「あー……だから今の学校にしたんだね」
でも、そういう女の子は多分、女よりも男にモテたいんじゃないかな……。
あ、だからつづらはその手の女の子から敬遠されて需要と供給がかみ合わないのか。
「それはともかく、やっぱりミニスカの下は黒タイツだよね!」
「うーん、ニーソックスとかじゃダメかなあ」
「ダメじゃないけど、バランス的にはそれより長めのオーバーニーソックスかサイハイソックス辺りがいいと思うけど、なんで?」
不思議そうに首を傾げるつづらに、一瞬ボクは言葉をつまらせる。
「いや……うん、好み、かな」
「確かにニーハイも可愛いもんね~」
うんうん、と頷きながらつづらは言うけれど、本当は用を足す時にいちいちタイツを下ろすのがめんどくさそうなだけだ。
同じ理由でつづらに短いのが気になるならとスカートの下に履くショートパンツも勧められたけれど断った。
デザイン的にも近いし、黒のボクサーパンツで十分なんじゃないだろうか。
こうしてボクはつづらの強いすすめにより、四月から女装して桂秋学院に通う事になった。
この時ボクは、本当の所はつづらの言葉に懐疑的で、いくら服装が自由とはいえ男が女の格好して登校するのは流石に何か言われるだろうと思っていた。
正直ボクはつづら以外にはどう思われても構わないけれど、つづらがそれで何か言われるのは嫌だ。
でも、目を輝かせながらあれやこれやと女物の服をすすめてくるつづらをボクは断りきれない。
なので、せめて女装のクオリティを上げる事にした。
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