Step1

手順1 姉と仲良くなりましょう

 最初にあれ? と、思ったのはボクが中学にあがった頃。

 中学にあがると急にまわりの友達の言葉遣いが男らしくなった。

 それに合わせてボクも男らしい言葉を使おうとした事がある。


「うわああん! 俺なんて可愛くない! 尚ちゃんは今まで通りボクっ子じゃないとやだあああ!!」

 と、つづらに泣きつかれてしまった。

 つづらの名前を呼び捨てにした時は全く気にも留めていなかったのに。

 結局、ボクの俺デビューは一瞬で終わった。


 つづらは学年の違うボクのクラスまで話が届くくらいの美少女で、またラブレターを貰ったらしいとか、また告白されたらしいとかいう話もよく聞いた。

 けれど、つづらは一度だってその告白を受けた事は無い。


 だからある日、尋ねてみた。

「つづらは、彼氏とか作ったりしないの……?」

「ああ、私男の子ってちょっと……可愛い女の子とかなら考えるけど……」


 彼氏を作らないのはボクの事が好きだからとか、そういう感じの答えを期待していたボクは絶句した。

「えっ……あの、それは、つまり男は恋愛対象じゃない……?」

 しばらく間を置いて、動揺しながらなんとかボクが言葉をしぼり出せば、つづらもやってしまった、という顔になる。


「うん、まあ……お父さんとお母さんには内緒ね?」

 バツが悪そうに言うつづらに、その言葉が冗談じゃない事が伝わってきて、ボクは目の前が突然まっくらになったような気がした。


「じゃあ、男が嫌いだっていうなら、ボクも嫌い……?」

 軽くめまいを感じながら、ボクは勇気をふりしぼって聞いてみる。


「そ、そこまでは言ってないよ! そりゃ男の子は苦手だけど、尚ちゃんは特別だよ!」

 すると、つづらはちょっと慌てたようにボクに言い返してきた。


「……ホント?」

「もちろん! 尚ちゃんは私のお姫様なんだから!」

 特別、なんて言われてちょっと期待をしながら顔を上げたら、いつの間にかつづらが目の前までやってきていてボクに力強く力説する。


「う、うううん……?」

 オヒメサマ……お姫様? だけど、つづらの言葉をすぐに理解できなくて、ボクは首を傾げる。


「こんなさらさらでふわふわで可愛くて優しい良い子な尚ちゃんを嫌いな訳ないよ! 尚ちゃんは私の宝物なの!」

「えっと……じゃあ、ボクの事、好き?」

 つづらが何を言っているんだか、よくわからなかったボクは、とりあえず一番大事な事を確認するように尋ねてみた。


「うん、大好き! 尚ちゃんは私の可愛い、いもう……弟だもん!」

 初めて会った日のような、はじけるような笑顔でつづらは答える。


 その時まで、ボクはつづらのボクに対する好きとボクのつづらに対する好きと同じだと信じて疑わなかった。

 むしろそれを口にして確認するのは野暮だと思っていた。

 そのせいで、この思い違いに気づくのに何年もかかってしまったのだけど。


 ……ボクはかなり落ち込んだ。


 しばらく食事も喉を通らない日々が続いたけれど、つづらはやたら心配して、ボクをしつこいくらいに構ってくる。


「大丈夫? 調子悪いならおかゆでも作ろうか?」


「尚ちゃん、この期間限定のパフェ美味しそうじゃない? 今度のレディースデーに一緒に行こうよ!」


「久しぶりにゲームしようよ、前に難しくて途中でやめちゃったダンジョン、今度は最後までクリアしよう?」


 なんでボクが落ち込んでいるのかも知らないで、手を変え品を変えつづらはボクを元気付けようとしてくる。

 それがなんだか嬉しくて、やっぱりボクはつづらを諦める気にはなれなかった。


 ボクは一念発起して、せめて見た目だけでもつづらの好きなタイプに近づこうと努力した。

 透明感のあるお嬢様っぽい可愛い感じが好きだと聞いて、毎日洗顔後と風呂上りには化粧水パックをして、日焼け止めもカバー効果のある物を使う。


 食べる物も油分の多い物は出来るだけ避けて、間食も美容に良いとされるものを食べるように心がけた。

 大好物のから揚げやカレーパン、ポテトチップスにマカダミアチョコレートも我慢してどれも月に一食程度にする。


 ボクくらいの年頃には夜寝ている間に成長ホルモンが出て身長が伸びると聞いたので、男らしい体格にならないようにあえて夜更かしをして睡眠も細切れにとるようにした。


 その甲斐があったのかはわからないけれど、ボクは小学校以来、頻繁に女子に間違われるような見た目をずっと維持していたし、肌なんて女子と比べてもかなり綺麗な方だった。

 普段着る服も出来るだけ男か女かわからないようなものを心がける。


「ふああ、可愛いっ……! 女装をする度にどんどん可愛くなってる気がするよ!」

 そして家では相変わらずつづらの趣味に合わせて女装した。

 この頃にはつづらが通販で買ったウィッグを付けたり、つづらのメイクの練習がてらに化粧をしてもらったりと女装も段々と本格的なものへとなっていく。


「やっぱり黒髪ロングは正義だよね! そしてセーラー服! うちの中学の制服セーラーで良かった~」

 別に本当に女になりたい訳じゃないけど、つづらがいつもとても喜んでくれるから……。


「実はボブヘアーのウィッグも買ってて、次はこっちも試してよう」

 つづらがボクに夢中になって、ボクだけを見てくれるこの時間が、ボクは好きだ。


「なんなのこの美少女! すごく可愛い! ロングも似合うけどこれはこれで……!」

 そう言いながらつづらはボクにスマホのカメラを向けて、ボクはそれに合わせてポーズをとる。

 正直、こういうのも結構楽しい。

 この時間の為に日頃頑張っていると言ってもいい。


「素敵素敵~! 写真はまたラインにあげるね~尚ちゃん、これだけ可愛かったらネットでアイドルになれるんじゃない? ツイッターとかユーチューブとかでさ」

 嬉しそうにボクへスマホの画面を見せながらつづらは言う。


「えへへ……でもボクは、つづらに可愛いって言ってもらえたらそれでいいかな」

「可愛いよ~お姉ちゃん何度でも言っちゃう!」

 そう言ってつづらはボクに抱きついて頭を撫でてくる。

 一番可愛いのはボクじゃなくてつづらの方だ。


 かなり豊かな胸の膨らみが当たって、つづらの髪からふわりとボクが使っているのと同じシャンプーの香りがする。


 全く男として意識されていない。


 だけどこの時、ボクは確かに幸せだった。

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