第5話 夢

 あの日から、少年は繰り返し同じ夢を見る。

 夢の中の少年は、母がいなくなったことを毎日嘆いている。父親とも仲が悪くなり、とうとう父親も自分を置いて出て行ってしまうのだ。光の全く射さない絶望と闇の混沌の中。誰もいない部屋の隅っこで少年は一人、いつまでも泣き続けた。

 迎えに来てくれる人も誰もいない。そうして涙が枯れるまで泣いた後、夢は終わりをむかえる。

 甘いパンのにおいと、お母さんの石けんの香りに包まれて、少年はそっと目を開ける。

 すると両親が自分の顔を心配そうにのぞいているのだ。そして『どうしたの』『怖い夢でもみたのか』と、心配そうに声を掛ける。それに少年は『なんでもないよ、大丈夫』と笑って答える。


 あぁよかった。


 今までのことは全て夢だったんだ。お母さんもお父さんもどこにも行かない。いつまでも一緒にいられるんだ。

そうしていつも目が覚める。突然意識が浮上して、これが夢だったことを悟るのだ。

 つまらない小説の、ラストのような終わり方。

 こんな夢を、少年は何度見たのだろう。


「……っ、ひっ……く。」

 声が漏れないように、少年は泣いた。

 切なさが、胸を強く締め付ける。喉が熱く震えている。

 青ざめた唇に涙が伝う。海と同じ味がした。

 裂けそうな心で、震える体で、強く願う。

 雨が自分を隠してくれる今だけ。

 もう泣かないから。

 流した涙もどうか、雨に溶けて消えてしまいますように。

 いつかまた、みんなで暮らせる日が着ますように。

 


 ありもしないそんな現実を、本気で願った。

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