第30話「極限世界のニオイ事情」
はい? 臭気判定士として自分の周りの臭い対策はどうしてるのか? いや……特に何もやってませんよ。
臭気判定士だって名乗ると、次に必ず「元から嗅覚が鋭かったんですか?」とか聞かれますけど、全然関係ない世界からニオイに係わり始めているし嗅覚は至って普通な上に花粉症だって話すと驚かれますけど。
花粉対策ですか? 毎年一月の中旬あたりから甜茶とシソの実エキスのサプリ飲むくらいですね。平気な風を装うためにマスクもしません。鼻が詰まるときにはナザールって普通の鼻スプレーを使います。あんまり強力だと嗅覚に影響出る危険があるんで、だから鼻の粘膜に働きかける飲み薬は使えません。
花粉濃度が厳しくなったら点鼻薬じゃなくて鼻洗浄スプレーとかも使います。『鼻うがい』ってのができなくてねぇ、鼻に流し込むアレをみんな飲んじゃう。
そんなので大丈夫ですよ。現場で集中すると鼻づまりとかも一時的に消えるし。集中力の方が強いから、花粉も風邪も一時的に吹っ飛びます。
これはね、何も超能力じゃなくて。運動して体の血流が良くなるといろいろ不具合が解消するでしょ? 動いてちょっと汗かくと鼻づまりが取れたり。
私はニオイを嗅いで分析していると脳の血流がもの凄く良くなります。それで運動したのと同じくらい血の巡りが良くなって体調に影響が出るらしいです。
それプラス現場では五感全部動員していろいろ調べますので、もう脳は全開で使われています。だから仕事の後ってやたらに腹が減りますね。緊急用チャージ用にブドウ糖を常に持っています、森永のラムネ。
昔のSFだと、エネルギーチャージ用の糖は麦芽糖の錠剤だったりするんですよ。ハインラインの『スターファイター』の宇宙服オスカーに装備されている薬剤。
あの宇宙服は長期船外活動用と言うか、実際に月で活動したNASAの宇宙服よりローテクなのに実に現実的に描写されています。首をひねって飲料水レバーを押し下げて水を飲んでさらにビタミン剤と麦芽糖錠剤を口に入れるなんて、21世紀の今でもそんな装備はありません。
もちろんSF小説ですから読者が思っている上を行くモノでなくちゃいけません。『スターファイター』は1958年の作品です。アポロ計画の前のジェミニ計画の前、マーキュリー計画が始まった頃に書かれたものです。
マーキュリー計画の宇宙船なんて、よくこんなで大気圏外まで出て行っなぁ……ってほどの心細いカプセルでした。
まあそんなコトを言えば、音速実験機のベルX-1だってムチャクチャ恐ろしい機体でしたけどね。
ああ……宇宙ステーション、えーとISSですか。あれの実験中にいろいろあって、民間人がゲストで入ってガンプラ作るなんて話しも出たことがありましてね。
そのとき住宅系ブロガーやってたものですから、ISSだって中で人が寝起きするから住宅に含まれるって理屈で、JAXAに電話取材したんですよ。ISSモジュールの中で接着剤やら塗料を使って良いのかって。
やっぱりダメだそうで、接着剤も塗料も可燃物は持ち込めない。酸素と窒素の濃度管理なんかが厳重で、余計な物質を内部の空気に混ぜ込むことは厳禁です。
確か秋山さんがISSに入っていたときに、小学生から実験ネタを募集して「宇宙でオナラをしたらどうなるか」って実証実験をやったそうです……それってどうなると思います? まず密室ですから空気が動かない、それは正しいです。強制的に換気をしないと空気は全然動かない。
それプラス、重力が働かないからガスの比重による移動が起りません。体温温度のオナラと実験室中の空気温度に差があっても対流による空気の動きが起りません。だから無重力下でローソクに火を付けたら、周囲の酸素が尽きたら窒息して消えちゃいます。
なので、噴出したガスのスピードが空気の抵抗で失われるとですね。そこでオナラガスは停止して、拡散して薄くならずに留まるそうです。
だから秋山さんが空中で縦回転してオナラガスが留まっている空間に頭を持って行くと、巨大セルフ握りっ屁を喰らうことになるわけです。で『実際にやってみた』ら、強烈な自分屁を嗅いでしまったそうです。
ISSの中で換気を止めた状態ってのが、居住空間の中で起るトラブルの極端な事例ですね。
ああ……そんな極端な話しじゃなくて、私の生活している空間がどうかって? いや……私はISSに住んでいるわけじゃないから、普通ですよ。格安で買った築40年以上のマンションですから、旧々耐震だし換気システムも付いていません。
猫が出入りするからベランダのサッシを常時開けてありますから、強制猫換気。それでニオイをどう対策してるかって?
あー。私のは、ニオイに対して最強の対策ですよ。私がやって、それでOKだから絶対に間違いありません。ああ……別に特別な装置とかは要りませんし、コスパ的にも最強じゃないですかね?
まあ簡単と言えば簡単ですけど、これまでさんざんお話ししたでしょ? ニオイってのは簡単でいて難しくて、実は単純なことだって。その辺を考えたらどうするのが一番か、わかりませんか?
難しい? まあ難しいって言えばある意味難しいですけど、何も使わないから簡単ですよ。はい、秘密でも何でもありません。
最強のニオイ対策ってのはね「ニオイは普通にあるモノだから、あんまり気にしない」ってことですよ。
よほどひどい強さじゃない限りはそれで何とかなりますから、気にすればするほどニオイは強く感じます。メンタルの影響がすごく大きい感覚ですからね、人間側でどうにでもなるんですよ。
おわり
職業、におい嗅ぎ士 黒井 創人 @kumaoyabun
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