第24話「スニッファー、絶対嗅覚の男」
コーヒーの出し殻を使っての脱臭ですか? ええもちろん有効ですよ。お茶の葉もコーヒーも、元から非常にニオイを吸い込みやすいものですから。
どれくらい吸いやすいかと言いますとね、中国茶でジャスミンティーと言うのがあるじゃないですか。中級品だと黒い茶葉の中に乾燥したジャスミンの花が入っているのですけど、高級品になると花は一切入っていないそうです。
どうしているかと言いますとね。倉庫の中に上級の茶葉だけをひと山積んで、その横に茶葉と同じ量のジャスミンの花をひと山置くのだそうです。そうすると茶葉がジャスミンの香りをみんな吸い取ってしまってジャスミン茶の出来上がり。そりゃぁ値段は高くなりますよね。
しかしあの花も、香りの善し悪しがありましてね……セッケンに似た軽い香りの物から明らかにスカトールが含まれているとわかるものまで。特に一番ポピュラーなジャスミンがごっそり茂っているともう大変なニオイになります。
これが結局ニオイ物質の量、つまりニオイの濃度の問題でね。スカトールって、ほら臭気判定士の適正検査で使う『E』液ってあったでしょ? そうそう……スカトロじゃなくてね。男性にとってはほとんど悪臭だけど、女性だと好きな人もいる。
あれは成分の濃度が高いと完全に悪臭ですけど、もの凄く薄い濃度だと良いニオイなんですよ。何しろ香水の風味付けで使われているくらいですから。不思議でしょ? 悪臭なのに香水に使われているなんて。
ジャスミンでニオイ消しですか? いやムリです、だって悪臭成分でもある香りを悪いニオイに混ぜたら……たぶんマイナス方向に働きますよ。
え? 殺人事件の現場で死体にコーヒーの粉……ああ、それ事件が起こったときにテレビニュースの電話インタビューを受けましたよ。ダメですよ、全然効果ありません。
死体が腐敗を始めたら、そりゃもう凄いニオイが出ます。ええ知ってますよ。そんな現場にも行ったことあります。
生物は体の中に消化液を持っていますから、死ぬとその消化液が自分の体を分解し始めて独特のニオイを発生させます。つまりね、胃が胃液でもって自分自身を消化し始めちゃうんです。それが生きているうちに起こるのが胃潰瘍。
そーやって内臓が溶けただけでもの凄いニオイが出ます、何しろモツですからね。それに加えて血液が腐ると、もの凄い量のイオウ化合物が発生するんですよ。
細かく説明していると気持ち悪くなりますから省略しますけど。全体から出てくるニオイの濃さとガスの量を考えたら、450グラム程度のレギュラーコーヒーの粉振りかけたって何の効果もありません。百キロの粉でしっかり埋めたならちょっとはマシかも知れませんけど。そんなトリック、テレビでも小説の中でも見たことがありませんね。
そう言えば、インタビューの中で「埋める」って言葉がNGワードだったようです。「覆う」と言い直してくれと言われましたが、何ででしょうね? 電話だけだとギャラも出ませんし……はい? スニッファー? 嗅覚捜査官ってドラマですか?
まあ……超人的な嗅覚って設定らしいですけど。嗅覚の能力だけだけ凄くても、それを分類解析する能力がないとねえ……つまりね。聴覚で例えるとわかりやすいと思いますよ。
聴覚がもの凄く鋭敏で犬笛みたいな高周波の音も低周波も聞えたとしたら、普通の人なら感じないもの凄い音刺激に晒されるわけですね。問題なのはその聞えた音を脳がどうやって処理するかで、その中から特定の音を拾い上げて「○○の音」と認識できるかどうか?
絶対音感を持っている人がピアノの鍵盤をデタラメにいくつも同時に叩いたぐちゃぐちゃな音を聞いて、ひとつひとつ音を聞き分けちゃうなんて能力があるそうですけど。それはピアノの音があらかじめ全部決まっているからですね。
だから絶対音感を持っている人は、ピアノの調律が違っていることがわかる。確かピアノのセンター音、『ラ』が440ヘルツ。ただしピアノは調整できちゃうから周波数が上下するそうです。その440ヘルツに合ってないってことを聞き分けられるのが絶対音感。
ちなみに。そーゆう調律ができない唯一の楽器がオーボエで、だからコンサートの前にオーケストラの音合わせってのやるでしょ? その時にオーボエが一番最初に440ヘルツ『ラ』の音を出して、他の楽器はみんなそれに合わせなくちゃいけないそうです。
何で嗅覚がオーケストラの話しになるのかって? だから絶対音感ってのは聞いた音が何ヘルツなのかがわかるから、すぐに頭の中で音符が五線譜の上に行儀良く収まるんです。でも楽器の音じゃなくて機械音とかアラーム音が重なって聞えると脳内で音符が乱れて気持ち悪くなる。
はいこれを『絶対嗅覚』ってあり得ないモノにあてはめてみましょうか。音符はニオイ物質の分子でしょうかね? どこにどうやって並べましょうか? ニオイに主に五線譜なんてありません。三次元だし。
ちなみに雅楽って言うか、日本の伝統音楽も楽譜がないんですよね。全部聞いて覚えないといけないそうで。ってことは、奏者は絶対音感がないと勤まらないんですかね?
つづく
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