第23話「激辛なる意識消し」

 さてニオイのことに戻りまして。中和とマスキングは、似たようなものと思うでしょうけど実はかなり切実なところで違いがあります。それは「においの濃さが違ってくる」と言う点です。

 つまりマスキングですと、悪いニオイ+芳香剤のニオイって足し算になります。つまり「悪いニオイじゃないけど前より強い臭い」になります。

 それでいいじゃないか? いえいえ。だから切実だって言ったでしょ? 何が問題なのかと言いますと。芳香剤のにおいで不快なニオイではなくなっていても、ニオイのボリュームは足し算効果でもって大きくなっていますから。だからなかなか薄まらない。

 カレーで言うとね、羊とかニオイの強い肉を使ってカレー粉やスパイスマシマシにしたらメチャ辛スパイシーになっちゃった状態。

 つまり、悪いニオイと芳香剤が混ざったニオイがどんどん広がって行っちゃうんですね。そう考えてみると、あんま気持ちよくないですよね。

 それにマスキングの消臭には限界があります。悪いニオイじゃないけど前より強くなる特徴がありますから、悪いニオイが強い場合には芳香剤も、もっと強く出してやらないと効かない。

 するとどうなるのか。わかります? 「あまりにもニオイが濃くなりすぎちゃって、悪いニオイじゃなくても刺激が強すぎる」って現象が起こっちゃうのですよ。たとえば、臭いトイレに大量の芳香剤を置いた状態考えて見てください。アンモニアとか、トイレのニオイじゃないけど目が痛くてとてもたまったものじゃない。そんな状態になってしまいます。

 空気中にニオイ物質が充満しちゃって、人間の鼻が受け容れられる刺激量をオーバーしちゃうのですね。

 カレーで表現したら、もうわかりますよね? もう味覚に働きかけるんじゃなくて痛覚に来る。え? マジックスパイスの虚空? 食べたことありません。涅槃で充分でした。下北沢で食べましたけど、滝汗かきましたよ。

 でも辛くて死ぬ人はあまりいないと思いますよ。カプサイシンの致死量が体重60キロの場合4500mgで、普通の唐辛子なら1キロ食ったら死ぬかも知れないってレベルだそうです。もう辛い食べ物の話しをしているだけで汗が出てきた。

 赤唐辛子より青唐辛子の方が危険だって話しもありますが、メキシコ飯屋で小さい青唐辛子のピクルスを食べて死ぬ思いしたことがあります。

 でも恐ろしいのはカプサイシンより塩ですね。塩化ナトリウムの致死量は体重60キロの人で180グラムだそうですよ。そんな量でもひどい場合には脳の血管障害を起すそうです。


 えーと。だから、ハーブやスパイスといったアロマオイルを使った消臭は空気中からニオイの成分を消し去ることはできません。家庭用芳香剤も同じですね。ごくわずかに化学反応はするらしいですけど、まあ実験室でのお話しですね。

 このように、『空気中からニオイ物質を取り除いてしまうことはできないが、ニオイはあまり感じられなくなる』方式のニオイ対策を、私達は『消臭』と呼びます。ニオイ物質を取り除いちゃう方法は『脱臭』と呼んで区別してます。

 で、次に脱臭ですね。家庭用の製品で『脱臭剤』はあまり存在していません。

代表的なところを挙げますと。活性炭とか、効果は劣りますけど備長炭。ゲルでニオイを吸収する製品もありますね。

 さっきも言ったように「ニオイ成分を空気中から取り除く」と言うのは、そう簡単なことではありません。

 工業用なら活性炭とか触媒とか塩素なんかを大量に使って、ニオイのある空気をどんどん吸って集めて処理することができます。この『吸って集める』というのがポイントです。

 芳香剤は広がって行って、悪いニオイと混ざれば効果が出ますけど。脱臭剤は『脱臭剤にニオイが接触しないと効果がない』ってところが違います。芳香剤が能動的、脱臭剤は受動的ということになります。

 脱臭剤は流れてきたニオイを吸い取ってしまうか、接触してニオイ物質に化学反応を起こさせて無臭にするしか方法がないんですね。

 ですから冷蔵庫とか靴箱とか、狭い空間でしたら非常に良く効きますけど、広いリビングに1個だけ置いてもあまり効果は感じられないでしょうね。

 吸着能力で、良く備長炭が良いって言われています。しか燃料用の木炭と、吸着することを目的に作られた活性炭では能力が全く違います。同じ1グラムの炭でも、木炭の表面積と活性炭の表面積は2倍から3倍も活性炭の方が大きいんです。しかも備長炭と工業用活性炭ではお値段が1割から2割、活性炭の方が安い。

 良く大きな靴箱の中に小さな備長炭を2~3本入れて、「あまり効かないです」って言っている人がいますが、そりゃ効きません。あれは冷蔵庫の中で効果があったことを勘違いしているのですね。

 冷蔵庫の中は、冷気で対流が起こるのである程度空気の動きがあります。だからニオイを含んだ空気がどんどん活性炭のところに来てキャッチされます。

 でも靴箱の中にはそんな空気の流れを作る現象はありません。おまけに冷蔵庫の中ほど棚の隙間は大きくない。だから靴箱の中はほとんど空気が動きません。備長炭を置いたところで、ほんの少し回りのニオイを吸い込むだけで終わってしまいます。備長炭で靴箱のニオイを採りたいなら、棚の1段ごとに2~3本入れないと無理でしょうね。


 つづく

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