第21話「魚のニオイで神経を逆なで」

 え~と、どこまで話しましたっけ……。アウトプットでカレーとロマネコンティとマティーニ? ああどうぞどうぞ、何本でも飲んで良いですよ。私にも1本取ってきてください。話しすぎて喉が乾いた。

 はい、ここにはサッポロクラシックかキリンのクラシックラガーしかありません。前はローリングロックのエクストラペイルばっかりだったのですけど、あれは日本には入らなくなったらしいです。アメリカのビールの中で一番好きだったのですがねぇ。

 まあビールの好みだって結局は味と香りです。発泡酒や第三のビールの軽い味に舌が慣れてしまうと、エビスやブラウマイスターみたいな重い口当たりのビールは飲みにくいと感じます。

 私はどうも第三のビールは苦手で、飲めないわけじゃないのですけどね。風味付けで入っているらしい糖の味が気になって、ひと缶飲んだらもう結構って感じになります。

 まあ、だからニオイの記憶ってのはそのままニオイに対する嗜好になります。それだから子供の頃にはたくさんのニオイに触れていた方が絶対に良い。

 慣れ親しんだニオイってのは、一般的に悪臭と言われるニオイであっても悪い印象を持たなくなります。納豆は関東じゃ臭いけど美味いものと認識されますが、関東のをそのまま持って行ったらたぶん関西じゃ「こんな臭いモノ、よう食われへん!」ってなります。

 クサヤの干物なんかその極端な例だ。あのニオイの原因? あれはほとんど飽和状態の塩水ですから、普通の菌は棲息できない状態なのですね。だから腐らない。でも高濃度塩水でも生きられる特殊な菌だけが繁殖して、そいつらが塩水中に溶け出した魚の体液なんかを分解して出ているニオイです。

 だからくさやは、ただの干物じゃなくて納豆と同じ発酵食品ですね。

 ニオイが強い発酵食品ばっかり紹介したグルメ番組で……当然私はそれらを嗅ぐために呼ばれたのですけどね。ゲストに東京農大名誉教授の小泉武夫さんがおいでになってまして、先生は慣れない人にくやさの干物を勧めるときにはヨーグルトにつけ込んだものを用意するそうです。

 乳酸菌でくさや臭を分解するのかと思ったら、乳酸に反応してニオイが和らぐらしいです。実際にそうやって下処理してから焼いた物が出されましたけど、残念なことに私は食べられなかったです。私が手を出す前に小泉先生がみんな食べちゃった。

 

 その時に韓国の『ホンオフェ』ってのもありましてね、エイを発酵させたメチャクチャアンモニア臭い料理。北海道じゃエイは『カスベ』って呼ばれていて、煮魚にして食べます。トロトロしていて美味いですよ。でもホンオフェはかなり厳しい、口まで持って行けるかどうかのアンモニア濃度でしたね。目にしみたくらいだから40ppm超していたかも。

 魚系で凄いニオイと言えば、最凶悪なのが『シュールストレミングス』でしょうかね。スウェーデンの、ニシンの缶詰です。「悪臭爆弾」とも呼ばれてますけど、樽で塩漬けして発酵させた生ニシンを、加熱しないでそのまま缶詰しちゃったヤツです。

 だから缶の中でも発酵して、時間が経つと膨れてくるんですね。そのまま開けたら超クサい汁が噴水になって犠牲者に襲いかかります。

 だから、周囲に人がいない場所に運んで、ちょっと重めのナイフか何かを用意して、地面に置いた缶を目がけてナイフを落とすんです。落としたら一目散に逃げる、当然風上に。で遠くから見て、ヤバイ液の噴出が止まったのを確かめてからビニールに厳重に来るんで包んで持って帰って開ける。

 いや~、食べたいとは思いませんよ。発酵した魚なんて、麹を使って丁寧に発酵させたフナだったら食べたことがありますけど、フナ寿司。あれはまさにチーズです。

 フナ寿司はニオイも脂肪酸の酸っぱい系でしたね。あれは最初に塩漬けして水分を抜いたものを麹に漬けて、凄く管理しながら発酵させたものです。

 でもシュールストレミングスは樽に、ヘタすると内臓まで入った状態で漬け込まれますから、どんな菌が繁殖するかわからない。だから脂肪酸だけじゃなくてアミンやら硫化物やら、イヤなニオイ成分がごっそり発生してしまいます。

 何かの番組で、日本のスウェーデン料理をやっているレストランでアレを開けて「オー。クサイ!」ってスウェーデンの人が悲鳴を上げていましたよ。

 ですから、どれだけ経験して照会データを持っているか。それによってOKになるニオイの数が増えるってことです。言ってみれば学習ですね。

 最近の子供は家の中でいろいろなニオイに触れる機会が減っています。親が「無臭が良い」と思いこんでいますから、ニオイがあるイコール不潔と考えているのですね。

 そんな極端な状態で育ったらどうなるかと言いますと、その子供はニオイに対してNGの感情を多く持つ、つまり受け容れることができるニオイの種類がもの凄く減ってしまうのですよ。

 何かのイベントで、においと香りの経験のために子供に嗅覚検査用の基準臭を嗅がせる実験をしたそうです。そしたら子供達は基準臭のどれを嗅いでも「くさーい!」としか答えないのです。語彙が不足している関係もあるのでしょうけど、「ニオイ」に対して全部NG反応しかしない。

 これじゃ「嗅覚いらない」と言い出すのも無理はないと思ってしまいます。でも、嗅覚がなくなったら同時に味覚までなくなることは知らないのですよね。


 つづく

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