第19話「最悪のニオイをツマミに……」
こんにちは……と言うより今晩はですね。こんな時間まで取材回りとは、ライターさんも楽じゃない。臭いところに行かないだけまだマシですか? 今日はここが最後ですか。それじゃ飲みながら話しましょうか。
ビールが良かったら流しのところにある冷蔵庫に入っていますから、勝手に出してきてください。ツマミはスモークアーモンド、これしかありません。
これは小さいスモークハウスで作っているやつで、凄く煙りくさいでしょ。これがバーボンに良く合います。もちろんビールにも合いますよ。大量生産のでは「スモークフレーバーがついた塩をまぶしただけ」なんてインチキ物もあります。
アメリカじゃ『スモーク・リキッド』って調味料まで売っているそうです。ガスオーブンや電子レンジでも手軽に燻製風の料理ができるらしいですけど。そうやって作っても、日本人の味覚じゃ「イカ燻の味がする」そうです。
日本で燻製というと、一番身近なのが『イカ燻』だから自然と思い出してしまうし、味覚も嗅覚も経験から『これは燻製の味と香りであり、今までに食べたものはイカの燻製である』と回答を出すでしょうね。
ええそうですよ。嗅覚も味覚も脳で分析しています。毒のある物や腐ったもの食べたら命に関わりますからね。味覚で言えば「苦い」と「辛い」、嗅覚で言えば「発酵臭」と「腐敗臭」は良くない食品を判定するための基準になりますね。
代表的なところでは『くさやの干物』でしょうね。あれはまさに「食べ物のニオイじゃない!」ものの代表ですからね。
「焦げくさい」というのも危険を知らせる警戒臭ですね。人間に限らず動物にとっても火災に巻き込まれるのは非常に危険です、肉食動物に襲われるのと同じくらい危険です。それですから、身を守るために焦げ臭の主成分であるアルデヒド類にも人間の嗅覚は敏感です。
焼き肉や焼き魚? それも焦げたところからアルデヒドが出ますね。ああ……、確かに。それを言われるとちょっと困りますね。確かに「炙ったくさやの干物」は食品としては最悪のニオイの複合体ですね。説明しろって? 長くなりますよ。
え~と……。まず基本的な『何でニオイを感じるのか』ってところから始めますか。
まずニオイ物質が鼻に入らないことには始まりません。呼吸で、鼻から空気を吸いこみますと、空気は鼻の奥にある嗅上皮ってところにまず接触します。その前に鼻毛に接触してるけど、まあ言ってみればフィルターみたいなモノですね。
で、空気の中に入ってるニオイ物質、つまりニオイの分子は『嗅上皮(きゅうじょうひ)』と呼ぶ粘膜にとけ込みます。だから水に溶けない分子はそこ素通りしちゃって『ニオイ』として感知できません。だからトルエンなんかの溶剤はほんのちょっとしか嗅上皮に捕まらなくて、だいたいの人は溶剤に対する感度が低いんです。
溶けたニオイ物質は『嗅細胞』ってイソギンチャクかヒドラみたいな形した細胞に捕まるります。どーやって捕まえるかって言うと、この細胞は触手を持ってるんですよ。マヂで。いやそれが鼻毛じゃありません、それじゃ鼻毛切ったら嗅覚なくなちゃう。
それで。その、嗅細胞の触手にひっかかったニオイ物質はですね、触手の中にある『におい受容体』ってのにひっかかります。これは、言ってみれば1個の分子にしか反応しないセンサーですね。そいつが人間の場合約400個(種類)ありるってことは、前に話しましたね。忘れた? まあいいです。
受容体がどーやってニオイ分子を識別するかって話始めちゃうとひと晩かかりますから割愛しますよ。
ニオイ識別受容体は動物の場合何万って数を持っています。だから犬の鼻は良いんですね。余談ですけど、犬はその嗅覚の情報処理が大変だから、犬の脳は視覚信号の色識別をできないって説もあります。だから犬は色盲なのですね。
で、『におい受容体』に無事引っかかったニオイ物質は『イオンチャンネル』だの『レセプター』だの、さっき省略した面倒なところを経て電気信号に変換されます。これの解明で2004年でノーベル賞貰った学者がいます。ついこの間ですね。つまりそれぐらい嗅覚メカニズムってのは解明が進んでいません。
その、ニオイの電気信号ってのが特殊で。『筋肉を動かせ』とかの指令や『何かが肌に触れた』っての感覚なんかはせき髄を中継して脳と行き来しているのですけど……ええ、『せき髄反射』の脊髄です。
でも嗅覚の信号ってのは脊髄を経由しないで脳に送られます、視覚信号と一緒。これは、「何か飛んできて頭にぶちあたる」って時に体が勝手に避けようとする反応と同じことがニオイ反応でも起こるってことです。せき髄による信号伝達の遅延をなくそうって安全処置なのかも知れません。それくらいニオイ刺激ってのは重要です。
だから口呼吸している人間は一部の危険信号を感じ取ることができません。ちゃんと鼻で呼吸した方がいいですね。
風邪ひいて鼻がダメになっちゃった時の食事って、ひどく不味いでしょ? あれは嗅覚からの情報がなくなって味の半分以上が感じられなくなった状態です。食物を口に入れて、噛んで、飲み込みますね。その時口の中にあった微量の空気も一緒に食道に入っていきます。
食道は気管と違ってぎゅっと窄まる管ですから、入ってきた食物の塊から空気を押し出します。その空気は食道を逆流して、咀嚼運動中は口から出ないで鼻腔に出て行きます。
そうすると逆流してきた食品のニオイがさっき説明した嗅上皮に捕まって、そこで味覚の信号と嗅覚の信号が合流して「これは○○の味だ!」と認識できる訳ですね。ワインのソムリエが「音を立ててワインをすする」ってのも、大量の空気を吸い込んで嗅覚系に回すためじゃないかって、勝手に思っています。
でも見た目と言いますか、視覚情報も非常に重用です。料理がみんな青い色だったら、それだけで味覚も嗅覚も変調起こしますからね。青イコール黴の色ですから、ニオイや味以前に拒否反応が起こってしまうのですね。
つづく
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