第18話「伝説の怪魚ヒョットコウナギ」

 え? まだ納得できませんか? 健康との因果関係は証明できなくてもマイナスイオンは存在するんじゃないか……まあ、文献にはイオンの適正発生量も示されていますよ。1立法センチあたり1万個だそうです。やっぱりある?

 でもね、数だけ聞いたら多いような気がしますけど、同じ量の空気に含まれている他の分子、つまり空気の主成分である窒素と酸素。その量ってのはとんでもない数字なんですよ。

 さっきの1立法センチの中に窒素とか酸素の分子がごちゃ混ぜでどれだけ入っているかって言いますと、1兆×1千万個だそうです。

 その中に1万個のイオンがあったとして……たとえば、もし酸素や窒素の分子を1個ずつ摘み出せたとしますよ。

 あ~、ちょっと待って! あんまりにも数字のケタが大きすぎて計算も何もできやしない。え~とね……たとえばなんですけど。その1立方センチの中が真空だったとしましょう。

 高性能の真空ポンプを使ってその中の空気を抜いたとしてもですね、それでもまだ1千億個の分子が1立方センチの中に入っているのですよ。昔懐かしい真空管の中って、実はその程度の真空です。

 ってことはですよ。もしこの中に、何かの効果があるイオンを1万個入れたとしてもですよ。たった1千万分の1でしかないのですよ。これでさっき言いかけたみたいに、目をつぶって1個づつ分子を摘んで出したとしても、イオンに当たる確率は1千万回引いて1個だ。宝くじ並ですよね。

 真空の中でもこんな確率ですから、通常の空気だったらどうですか? そうです、「ないに等しい」ってことです。そんなないに等しい物質が、どーやったら人体に影響するのか不思議じゃないですか?

 はい? 薄くても確かに発生している? ですからね……測定器がある? はいはい、知ってますよ。あれはマイナスイオンというより『負の電荷』を測る機械ですけど……いや家庭電化製品のことじゃなくて。

 空気の中に高い電圧をかけますとね、空中に青い火花が出るような電気を流しますと。空気の中に含まれているいろいろな物質が分解したり反応して別な物質になることがあるのですよ。だから窒素酸化物っていう大気汚染物質が分解したり、酸素からオゾンができちゃったりします。

 このうち分解したものは、だいたいマイナスの電荷を帯びて放り出されることが多いです。マイナスだからすぐにプラスの電荷を持ったところにくっついてしまいます。

 空気清浄機の放電式のものは、これで細かいホコリなんかをプラスの電極にくっつけて空気中から取り除くのですよ。ホコリの場合、電気をかけただけで分解できるような物質じゃありませんから電圧で電荷だけ取り除いてやるとやっぱりプラスのところにくっつきます。ホコリは取れるけどオゾンもできる。ウチにあるのがたぶんこれ。

 『負の電荷』ってのは、そんなマイナスだけになってしまった粒子とか分子のことでして。マイナスイオン測定器ってのはそうなった粒子を測っています。工業用のイオン測定器だと工業製品であるフィルムなどがプラスかマイナスかどっちの電荷を持つのかを知っておく必要がありますので、普通両方測れます。マイナスばっかり測っても仕方ない。

 ですから、マイナス荷電した分子がたくさん漂っているかどうかがわかるだけで。『マイナスイオンというものが存在しているかどうか』まではわかりません。


 まだわからない? それじゃ、もの凄いたとえ話ですけど。ある場所に沼がありましてね、その沼には『ヒョットコウナギ』って謎の魚がいるって言い伝えがあったとします……本当にそんなウナギがいるかどうか知りません。今思いついた適当な名前ですから。

 それで、その『ヒョットコ……』笑わないでくださいよ、こっちはまじめに話しているんですから。それはあくまで言い伝えで、誰も見たことはないし当然捕獲もされていない。ただの伝説なのですよ。

 存在していることを示す証拠と言えば、「風もない日に沼の真ん中に不思議な波が立つことがある」って程度で全然根拠がない。

 でもその沼は、いろいろ排水なんかが流れ込んでいるのにあまり水質が悪化していない。していないように見えるのですね。実はちゃんと調べたことがないから10年前と比較してどうだかなんて、誰にもわからないだけなのですけど。

 その汚染がない原因が「ヒョットコウナギが水を浄化しているかも知れない」という噂があったとしますね。

 はい、『ヒョットコウナギ』がいるかどうかも分からないのに浄化しているかどうかなんて、誰にも分かりません。何の根拠もありません。

 それなのに、地元の工場が『ヒョットコウナギ式水質浄化システム』なんてものを開発したらどうですか? どんな仕掛けなのかと言えば、時々沼の中に変な波ができるだけ。


 全ん~然、根拠がありません。笑っちゃうような話ですけど、『マイナスイオン』だってこれとあんまり変わらないのかも知れません。違うところはメジャーな家電メーカーが『ヒョットコウナギ式水質浄化システム』を作り出して、それをみんなが信じちゃったこと。

 何で根拠も不明なまま製品を作ってしまったかといえば、メーカーとしてはライバル製品と差別化ができて、しかも『健康にいい』ってオマケが付けられるのが魅力だからでしょうね。消費者だってあまり考えないで飛びつきますでしょ?『儲かる・モテる・体にいい』って嘘で、どれだけインチキ商品やインチキサイトが儲けています?

 ですから『脱臭機能付き』と書いてあってマイナスイオンのことを書いていない製品はいいですけど、『マイナスイオン機能付き』でいろいろ効果を書いている製品は期待しない方が良いですよ。


 何を基準に選んだら? まあどんなタイプの空気清浄機でも効果があるわけではないけど、「電気式集じん機能付き」と「マイナスイオン」機能が付いているタイプは微量のオゾンが発生するから、あまり強力じゃないけど部屋や布に付いたにおいを取り除く機能があります。

 メーカーやタイプによって効果が違うけど、クローゼットとか狭いところに入れて使うと効果が出るかも知れません。メーカーと型番教えてあげますから、なんとか電気でもネットででも探して……だから『ヒョットコウナギ』のことはもういいから!


 つづく


(※追記:「マイナスイオン」は、JIS B9929工業規格で測定の方法が定められています。でもこれ測り方だけ。「マイナスイオンの効果」について何かを証明するものではありません)

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